アカイトリ
「月のものが来ただけでしょう、お手洗いへ行ってらっしゃいな」


当たり前のことを言ったはずなのに、当の天花は動揺を隠せずに半ば混乱していた。


「怪我もしていないのに出血するだなんて!一体わたしはどうしたんだ!?」


「…天花さん?」


――もう十分に成熟した女であるはずなのにこの様子では…はじめて月のものが訪れた…?


菖蒲は布団から起き上がると天花の手を取った。


「天花さん…初潮はまだだったの?」


「初潮?初潮とは一体…あ…」


口に出してみてはじめてその意味にたどり着いたらしく、みるみる間に顔が赤くなってゆく。


「天花さん落ち着いて、女性なら誰にも訪れることですのよ」


完全に混乱してしまった天花がへたりと座り込み、真っ赤に染まった顔を両手で隠した。


「こんな…こんな…!恥ずかしい…わたしはどうすれば…!」


すると障子が僅かに開き、颯太が顔を覗かせた。


「そろそろ医者が……天花?どうしたんだ?」


明らかに様子のおかしい天花を心配して近付こうとすると、ぱっと顔を上げた天花の顔が真っ赤になっていた。


「近寄るな!部屋から出て行け!」


その辺にあった手鏡や櫛を手当たり次第に投げられ、訳もわからず颯太が障子を閉める。


肩で息をする天花に、菖蒲は優しく呼びかけた。


「ねえ、あなたの身体が準備ができたということですのよ?」


「…準備?」


瞳に溜まった涙を指ですくってやる。


「そう。女性として一番幸福な、“子を生む準備”ができたということなの」


――天花はまだじわりと痛む腹を押さえる。


「子…?」


とうとう涙がこぼれた天花の身体を優しく菖蒲が抱きしめると、子供のように抱きついてきた。


「颯太様を男として意識したからこそ、今まで訪れなかった月のものが来たのではないかしら?喜ばしいことなのよ?」


男として、意識する…?


あの声も身体も顔も全てわたしのものだ――


――しゃくり上げる天花の頭を抱いて、限りなく愛しさを感じた菖蒲は安心させるように背中を撫でた。


「大丈夫。わたくしが全てお教えするわ。だから泣かないで」


天花は菖蒲に知らぬはずの母を感じた。
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