アカイトリ
現に目を覚ますと、まだ夜が明けていない。


天花はむくりと起き上がり、すん、と鼻を鳴らして香りを手繰る。



あれは…単なる夢だったのだろうか?



焦点の合っていない夢だったので、遠くに霞んで見える人物が誰だかわからなかった。


「…夢を見る程とは……」



自分でもわかっている。



ここは恐ろしく居心地が良すぎるのだ。



人間が入り込めない深い深い山奥に身を潜め、

それでも安心できずに妖術を使って人に見つからぬよう細心の注意を払っていた。



そんな生活の日々に


夢など、見るはずがない――


――隣の棟…この部屋からはほぼ真向かいに颯太の部屋がある。


明かりが、ついている。


…ここ数十日の間、人に変わっている時間は全て読み書きの練習をしていた。


あの男の始祖が、碧を狂わせた。


どこはかともなく、颯太にも魔性に通ずるものがある。


神に創造された存在のため、

全ての鳥が、見目麗しく造られ、結果絶滅の危機にあえいでいる。


人間は、ある方法で不死であるこの身を滅ぼす方法を知っている。


焦がれ死にとは違う。

それはとても野蛮で…残酷な方法だ。


――さくり、さくりと裸足のまま庭を突っ切り、颯太の部屋へ近づき、立ち止まった。


ただ、その場に立って、颯太の陰影を見ていた。


するとかすかに顔を上げる気配がして、障子がすっと開いた。



「天花…何をしているんだ、こんな時間に」



やわらかく名を呼ばれ、あからさまにほっとした表情が顔に浮かんだのを感じ、ふいっと足元の揃えられた草を見る。



「別に…。眠れないだけだ」



そうか、と颯太が頷き、縁側に座る。

天花はそれに倣い、隣に腰掛けた。


「よくわたしが来たことがわかったな」


「ん?いや…お前の香りは強烈だからな、いやでもわかる」


「わたしも、お前が何処にいてもわかる」


はたから聞いていると両者告白しあっているような風体であることに颯太が気付き、軽く笑った。


「天花、お前の話を聞かせてくれ」
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