アカイトリ
手が…虚しく宙を切った。


さっきまでこの手で抱きしめていた天花は呪いが解けて朱い鳥に戻る。



共に朝を迎えることは叶わないか…



じっと天花は涙の痕が残す颯太を見上げた。

颯太は、じゃら、と音を立てた首の鎖を見て罪悪感にかられ、天花の首をそっと撫でた。



「…出て行きたいか?」


「…」



返答は、ない。



天を見上げると、ゆっくりとした速さで雲が流れてゆく。

颯太は眩しそうに目を細めると、天花が今の今まで着ていた藤色の浴衣を床から拾い、その残り香を嗅いで瞳を閉じる。



「しばらく待ってくれ。お前ならばすぐに字など覚えられる。天花、我が一族が遺した書物を全てお前に託す。…こんな日を迎えるために、存続し続けたのだから」



――後は、この不滅の神の鳥が同朋と出会い、これを伝えていってくれるのならば…


思いは、遂げられる。



――颯太は子を成すつもりがない。

本来成しにくい家系である上、朱い鳥…天花と出会ったことで、それは確信となった。


もう、無理矢理に命を繋いでゆく必要はないのだ。


「鎖を、外してほしいか?」


天花は、長い首をいやいやするようにふるふると振った。



「もうお前をここに閉じ込めておく理由が見つからない。天花…お前の生きた数千年のうちの、たった数十日だったが、俺は…お前を、心から愛している。ありがとう。きっと安らかに俺は逝ける――」



――天命は変えることはできない。

あと十数年の間に自分が…そして父が、神の鳥を探し出すことは不可能に思えた。

何も喜びを感じることなく、逝くのだと思っていた。



まさしく、天花は神の鳥。


碧と同じく、喜びをもたらしてくれた。


――颯太は微笑んだ。

天花は、朱い瞳で颯太の一挙一動を見つめていたが、くるりと背を向けて呟いた。



「わたしは出て行かない。お前と約束した。お前が死ぬまで傍に居てやる」



――蝉が壮大に鳴き出す。

極暑が近い。

天花の呟きが風に乗って聞こえ、颯太はいつもの調子を取り戻したように笑い声を上げた。



「お前、その姿でも喋れるんだな」
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