アカイトリ
ここで想いを吐き出してしまえば、どれだけ楽になれるだろうか。


だがそうしてしまえばもうこの主とは二度と会えない――



「…楓。俺は悔いてないぞ」



静謐のように静かで穏やかな口調にはっとさせられ、どれほど危険な行為に及ぼうとしていたか、楓は身を引こうとした。


颯太がそんな楓の、胸あたりに回った手をぽんぽんと叩く。


「きっととても楽になれる。使命だの役目など、俺の性に合わないんだ」


「颯太様…私は……あなたに一生お仕えします。命に代えても」



そっと離れ、改めて颯太が背負った使命の重さを思い知らされた。


「よし、次はお前の番だな」


くるりとこちらを向き、、洗う気満々でいる颯太に、先程まで猛り狂っていた欲情の波が萎み、楓は平静を取り戻した。



そうだ、この方を生涯守り抜こう。

それが俺の生き甲斐で、使命だ。



――容赦なくがしがしと背を擦る颯太に対して笑みが沸く。


この方は、いつもそうだ。

温かくて、優しくて、自分のどす黒い心を真っ白にしてくれる。


「おい。楓?」


そこで颯太に話しかけられているのに気付き、慌てて返事をする。


「お前…嫁は取らないのか?」


「…は?」


思わず素っ頓狂な声が出た。


嫁…?


――考えてもいない種類の話題転換に、楓の無表情も消し飛ぶ。


颯太は面白いものを見ているかのようにきらきら目を輝かせながら顔を近づけてくる。


「蘭なんかどうだ?似合いの夫婦になると思うんだが」


楓は内心天を仰ぐ。


…よりによって、蘭か。


この方はどこまで鈍感なのだろう。


「蘭…ですか」


「ああ。お前にしては珍しく蘭とはよく話すじゃないか。もし夫婦になったとして子でもできれば俺は飛び上がって喜ぶぞ。きっと、我が子のように愛してやる」


――楽しい想像にひたる颯太に対して楓は聞こえないようにため息をついた。


蘭、主は強敵だ。


せめてお前の想いが届くまで、手伝ってやる。



――蘭が台所で朝餉の支度をしながらくしゃみをした。


「…??誰かあたしの噂話してんのかな?」
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