アカイトリ
夜は相も変わらず颯太から字を教わり、天花の部屋には落書きしたようにのたくった文字が書かれた紙が散乱していた。


「神の鳥といえど万能というわけではないようだな」


少し茶化した口調で長めの前髪を揺らしながら散らばった紙を颯太が拾う。


「そんなもの書かずとも生きるには必要なかった」


若干頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いた天花がおかしくてついついからかってしまう。


「今夜は少し暑いな」


すら、と障子を開けると、楓が縁側で座していた。


「ああ楓、ちょうどいい。何か飲み物でも調達してくるからここに居てくれ」


「それならば私が…」


「蘭にちょっかいでもついでに出してくるからここにいろ」


紫の菖蒲の花が描かれた紺色の浴衣の袖をひらひらさせると制止もきかずに台所の方へ向かってしまう。


「…」


「……」


いわば犬猿の仲ともいえる楓と天花の間に会話はない。

ただ、じゃら、と首の鎖が音を立てた。


「…それを…」


「…なんだ?」


畳に散らばる紙を拾う手を止めて、楓をはたと見た。


「その鎖を外せば、お前はここから出てゆくか?」


…愚問だ。


主は、これからの十余年を天花と共に生きることを約束している。

だが、聞いてみたかった。

この鳥の口から。


――天花はしばらく、真っ赤な唇を開けたり閉めたりして言葉を探している風だったが…


「…わたしが飽きるまで、だ。飽きれば何としてでも出て行く」


「飽きる…までだと?」


またこの鳥のせいで頭に血が上りかける。

だが、微かに聞こえた呟きでそれは霧散した。



「人の十数年など…瞬きをしている間に通り過ぎる」



…楓は初めて天花に対して畏れを感じた。

この世界が造られて数先年――

ただずっとその空をさ迷い続けていた朱い鳥。

その瞳が語る、疲弊した魂…



疲弊した、精神。



「…その剣ではわたしを殺せない」


腰に下げていた剣の鞘に手をかけていたことに気付き、汗ばんだ手をなんとか楓は引きはがした。


「わたしはそのような剣では死なない。わたしを殺したくば探せ。神の剣を」
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