週末の薬指
「へえ、やるね、お兄さん」

「弥生ちゃん……」

「シュンペーも、そのお兄さんを見習えばいいのよ。っていうか、彼女、彼女にも言っておいて。
親に振り回されるには年を取りすぎてるんだってね。自分の意思で自分と、子供の幸せを掴まなきゃ。
お父さんから守るためにシュンペーと結婚しないなんて、本末転倒。誰も幸せにならないだけじゃん」

ふん、と荒い息をして、弥生ちゃんはコーヒーを飲み干した。
いつもしゃきしゃきとはっきりものを言う弥生ちゃんの厳しい言葉には慣れたつもりでいたけれど、ここまで直球でシュンペーに言葉を投げつけるなんて、予想外。

「私の両親は、結婚30周年を迎えた今も仲が良くて本当にうらやましいくらい。
そんな夫婦の間に生まれて、私は幸せしか知らない。シュンペーの彼女や、花緒の背負ってる運命なんて私には本当に遠い世界の運命。

でも、だからと言ってこの先私が両親と同じような幸せを得られるかなんて自信ないんだよ。
相手が悪くてDVの被害者になるかもしれないし、ギャンブル漬けの男に騙されて借金まみれになるかもしれない」

私とシュンペーを交互に見遣る弥生ちゃんの表情はどこか必死に見える。
言いたくないことを一生懸命言ってるような感じがする。

「この先の事はわからないんだから、とにかく一緒に頑張ってみなよ。
シュンペーと彼女がお互いに気持ちを寄せ合っているのなら、お父さんがどんな気持ちでいるにせよ、二人で幸せになれるように頑張んなよ。だって、そうしなきゃ、未来を明るくはできないよ。
今悩んでる人がみんなそのまま悩み続けるわけじゃない。

いつか、苦しいことも悩んでることも、甘い未来に変えることができるって思わない?

……花緒もだよ。自分の出生に囚われすぎて大切な、それも手に入りそうな幸せ失くすくらいに悩むなんてバカなんだからね」

一気にそう言った弥生ちゃんの呼吸は乱れている。きっと、息をすることすら後回しにして、想いを伝えてくれたんだろう。
肩を上下させている弥生ちゃんの前に、まだ口をつけていないお水をそっと置くと、くすっと笑って一気にのどに流し込んだ。

「で、了解?」

一気飲みした後、にやりと笑って。

そう言ってる弥生ちゃんに感謝しながら、私とシュンペーは顔を見合わせて笑った。

二人して『了解です』

私にとってもシュンペーにとっても、幸せな未来を手繰り寄せるために、腰を据えて真剣勝負。
武者震いに近い何かが湧き上がってくる。

そして、『夏弥に会いたい』と、無性に、そう思う。
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