週末の薬指
「あの、夏弥……?」

『マスコミが来て大変だけど、こんな体験最初で最後だし、結構面白いぞ。
梓の行く所行く所に大集団がついて回ってるし、テレビの中継にも俺映ってるかもしれないな。
こっちが何も言わなくても会社の宣伝もしてくれるし、社長は大喜びだそうだ。
で、俺は、何も関係ないから。心配するな』

なんだか楽しそうな日常報告のついでみたいに、私が欲しかった言葉を言ってくれたけど。

何だか私が落ち込んでいる温度と夏弥が笑ってる温度に差があるみたいで気が抜けてしまった。
関係ないってあっさり言われても、それって何が関係ないわけ?

『俺が大切に思って愛してるのは花緒だけ。それだけでいいんじゃないの?』

「うん……」

ずるいよね……。朝から落ち込み続けていた私の気持ちをすくいあげるのに必要なものが、そんな簡単な言葉だったなんて。

それも、夏弥にしてみたらすごく簡単に、あっさりと、言い切ってしまって。

「それだけでいいわけない」

『は?』

「愛してるのなら、不安にさせないでよ。あんなスキャンダル、気にしないわけないでしょ」

朝からの苦しい気持ちが落ち着いて、どこか気持ちが緩んだのか、攻撃的な口調で夏弥を責めてしまった。

「で、『住宅会社の営業マン』って、やっぱり夏弥の事なの?」

その口調はとどまることを知らず、思わず核心をついた質問も出てしまう。

「んー。そうなんだな。その営業マンって俺の事なんだ」

申し訳なさそうな、それでいて何でもないように響く夏弥の声が、私の揺れている気持ちに拍車をかけた。

私を安心させる言葉を伝えて欲しいと思っていた私の気持ちが裏切られたような、そんな気分。

「そうなんだ。美月梓の相手は夏弥なんだね……」

『いや、一連のスキャンダルの相手は俺だし、えっと、明日あたり週刊誌にも写真が載るらしいんだけど……俺はただ……』

スキャンダルの相手は夏弥で、写真も撮られてる。

その事を聞かされて、私の気持ちは一気に崩れてしまった。

ガラガラと音がするのを体から感じて、目の奥が熱くなった。

「わかった、もういい。とりあえず今は話したくない」

『お、おい、花緒っ……』

ほんの少し涙声で夏弥に言い捨てると、何かを叫んでいる彼の声を無視して、携帯の電源を落とした。

そしてその日はずっと携帯の電源が入る事はなく。

私の気持ちも落ち込んだまま、やたら仕事に励んだ。

そして夏弥の予想よりも早く、写真はその日のスポーツ新聞の夕刊に大きく載っていた。

沖縄の海岸で撮影している一行の中で、仲良く話している美月梓と、目元を黒く隠された夏弥。

信じてるけど、何もないって思うけど、やっぱり気分は最悪だ。
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