週末の薬指
「人生の喜怒哀楽を味わって、たった一人の人と結ばれて欲しいんだよ。
たとえ泣いたって、時間が解決してくれるんだし、いいじゃないか。長い長い人生のほんの少しの悲しみなんて後から考えたら大したことないんだよ」

「……おばあちゃんは、それを乗り越えてきたから言えるんだよ」

おばあちゃんの言葉を理解できないわけじゃないけれど、やっぱり私には泣きながら人生を謳歌するなんてまだできない。

それに、泣くなんて事、できれば避けたい。

おばあちゃんの言葉を素直に受け止められない私の気持ちが表情に出ているんだろう、おばあちゃんは少しためらいながらも、何かを決めたかのように、口を開いた。

「花緒の母親も、謳歌したんだよ。……命がけであんたを産んで、幸せそうに眠りについたよ」

その言葉に驚いて、はっとおばあちゃんを見た。

箸をすすめる私の前でお茶を飲みながら、どこか達観したような表情。

とりたてて悲しげな瞳ではないし、私に何かを伝えようとしている雰囲気でもないけれど、どこか覚悟を決めたような強さが感じられて目が離せない。

「花緒のお母さん。紅花はね、そりゃ、生まれたあんたと一緒にずっと生きていたかったと思うけど、無理だってわかってたんだよ。自分の体は自分が一番よくわかるって言ってね、『この世で一番の親不孝をしますけど、生まれてくる子供をよろしくお願いします』って、帝王切開で手術室に入る直前にそう言って、笑ってたよ」

「……」

これまで、母親の事はあまり口にしなかったおばあちゃんが、どうして突然こんな話を始めたのかよくわからない。

言葉もなくただ聞くだけの私。

べにか……私の母の名前。

普段耳慣れないその名前が、私の気持ちを高ぶらせていく。
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