週末の薬指
「そうですか。じゃ焼き物や煮物にしましょうか」

瀬尾さんは、慣れたようにメニューを見て、いくつかの料理を注文してくれた。
お店の人とのやりとりからは、頻繁にこのお店に来ている事がわかる。

「夏弥くんがこうして彼女を連れてきてくれるなんて、初めてね」

注文を聞き終えた女将さんが、からかうように瀬尾さんに笑った。
そんな言葉に動じることなく、瀬尾さんは小さく笑って

「おやじ達にはまだ黙っててくれよ。特に母さんに知られたらすぐにうちに連れて来いって騒ぐに決まってるから」

「ふふふ。そうね。目に浮かぶわね。……本当、綺麗な方ね」

女将さんは、視線を瀬尾さんから私に移して、綺麗な笑顔を向けてくれた。
50歳くらいだろうか、品良く着物を着こなしている姿は、同じ女性ながら見とれてしまう。

「あ、木内花緒と申します。あの……瀬尾さんとは、その、彼女とかでは……」

誤解を解こうと言葉を探すけれど、何だか信じてくれていないような女将の笑顔を見ていると、それ以上続かない。
戸惑いながら瀬尾さんを見ると、慌てる様子もなく、どこか嬉しそうに私を見ていた。

そんな瀬尾さんの表情が、私の気持ちにすっと入ってくる。
誤解しちゃいけないけれど、なんだか瀬尾さんに気にいられているような、そんな錯覚。

格好良くて穏やかで、優しい瀬尾さんに見つめられると、誰だって誤解するよね……。
私だけが錯覚するわけじゃない。

跳ねて止まらない鼓動なんて、女なら誰もが味わうはず。
こんなに素敵な瀬尾さんと一緒にいれば、当たり前だ。

だから、錯覚しちゃいけない。

私が必死で気持ちを鎮めて、何もないような平気な顔を作ると、瀬尾さんはくすっと軽く笑った。
え?笑った?

その笑顔は、一瞬別人のように見えた。
まるで小さな男の子がいたずらに成功した時のような笑顔。
何かを企んでいるような、そんな笑顔だった。
見間違いかな。
まだ二回しか会っていないから、よく知らないけど、持っていたイメージとはなんだか違うような気がした。

「彼女、綺麗だろう?誰かにかっさらわれる前に俺のものにしようと思って。
いろいろ練ってる最中なんだ。瑶子さん、邪魔しないでよ」

「あら。まだ夏弥くんのものじゃないの?……ま、頑張りなさいね」

「はいはい、精いっぱい努力するよ」

目の前の会話の意味を、どう理解すればいいんだろう。
私が誰かにかっさらわれる?
俺のものにする?

それは、私に対しての言葉なんだろうか……?
まさか、まさか。だよね……。
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