週末の薬指
本当なら、昨日もらったエンゲージリングを煌めかせながら出社して、一生に一度味わえる

『婚約しました』

という無言の宣言をしたかった。

業種のせいか、どこか堅実で真面目な雰囲気の社員が多いけれど、やはり慶事となると喜びは社内全体にすぐに広がる。

この前、悠介の結婚の話題があっという間に私の耳に届いたのもそのせいだ。

社内結婚も多い社風が後押しするのか、社員の結婚が決まると、それまで面識がない人の事でも知る事となる。

そのきっかけが、女性では左手薬指に輝くダイヤだ。

婚約したと無言で知らせる威力は相当なもの。

指輪を輝かせながら出社するのはただ一日、というのも慣例で。

『仕事は続けます』や『専業主婦になります』という言葉を添えてその指輪を公開するという、どこか保守的な習わしが今もなお会社で続いている。

結婚に対して、自分には縁がないものと諦めていた私には、そんな慣例がたまらなく嫌なものだったけれど、いざその機会を得るとやっぱり嬉しいと思う。

結婚するからという事実も嬉しいけれど、それ以上に、私のように出生に複雑な事情を抱えていても愛してくれる人がいるんだと知らしめる事ができるのが、すごく嬉しい。

だから、今日指輪をはめて会社に行くのが楽しみだったのに。

「遅刻だ……」

美月梓の電撃入籍のニュースを聞いて、動揺する私に内情を話し始めた夏弥の言葉は延々続いてしまい、結局、

『私用で少し遅れて出社します』

と会社に電話を入れることになった。

エンゲージリングをはめて出社しようと思っていたのに、遅刻なんて拍子抜けだな。

そんな私の拗ねた言葉を聞かされた夏弥は、『その慣例って、結構残酷だな』と呟いた。
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