週末の薬指
慌てて謝るけれど、それでも瀬尾さんは固い表情のまま。
何か言いたげにしているけれど、それがなんなのかよくわからない。
とりあえずわかるのは、今ここにいて、私の相手をする事にイライラしてるって事。

そんな様子を見せられて、私の気持ちは少し落ち込む。
ワインで軽く酔っていた気持ちも一気に醒めていくよう。

「確かに子供じゃないよな。子供はこんなところに花なんて咲かせないもんな。
……俺が咲かせたんだけど」

「あ、ちょっ、何を今言うんですか……」

きっと赤い花が咲いてる場所。首筋の敏感な場所を、瀬尾さんの指先がゆっくりと撫でる。
触れるか触れていないかの微妙なタッチは、私の感覚全てをそこに集中させるようで、動けなくなる。
じっと座って、ただ瀬尾さんの指先の動きに意識は持って行かれる。

「あとで、上書きするから、勝手に帰るなよ」

瀬尾さんは、私の耳元に唇を寄せると、吐息まじりの声を落とした。
同時に強く感じるのは、肩に残っている瀬尾さんの手の強さ。
硬直したまま動けずにいる私の首筋を何度か撫でて、そっとその手を離した。

「あ……」

手が離された瞬間に感じてしまった寂しさに、思わず声が漏れた。
慌てて手で口を覆ったけど、その声は瀬尾さんに届いていたようで、彼は軽く、くすりと、嬉しそうに笑った。

「帰り送るから、食事が終わったら声かけて。えっと、小椋さんだよね、一緒に送るしこれからも花緒の世話、頼むよ。きっと本人は気づいてないだろうけど、俺以外にも俺みたいな男、ひっそり控えてるんじゃないの?」

「ふふ。結構いい勘してますね。やり手の営業マンは、状況判断も正確ですね」

「そうだろ。だから、今必死なんだよ」

「まあ、瀬尾さんには他に誰もいなくてきれいな状態なら、私も協力しますけどね。もう二度と花緒を泣かせるような男は近寄らせません」

「……もう二度と?花緒、泣かされた事、あるの?」

瀬尾さんと弥生ちゃんの会話についていけないまま、ただ聞いていたけれど、不意に私に向かって瀬尾さんが顔を向けた。どこか苦しげな、悔しげな表情。

「花緒、男に泣かされた事、あるのか?」

「あ、……まあ、少し。かなり前だけど」

ふと悠介の事を思い出して俯いて。膝に置いた両手を握りしめた。
瀬尾さんに悠介の事を話したくなくて、ぎゅっと口を結ぶ。
そんな私の気持ちを察してくれたのか、瀬尾さんは一つため息を吐いて、それ以上の事は何も聞いてこなかった。
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