週末の薬指
低く響く声。私の気持ちが一気にとりこまれていく。
もともと魅力のある人だから、見つめられるだけで、そうなっていくのに。
甘い言葉をかけられて、逃げ場がないように思えて怖くなる。

「あのさ、痴話ゲンカはいいんだけど。私が瀬尾さんに協力できない状況にきづいちゃった」

「え?」

それまで黙って私と瀬尾さんの会話を聞いて苦笑していた弥生ちゃんが口をはさんだ。
見ると、弥生ちゃんの視線は私と瀬尾さんの後ろにあって。
その視線をたどろうと後ろに体を向けた途端。

「課長、どうしたんですか?みんな待ってますよ」

やけに高い声が聞こえた。きつめの香りをまとった黄色の何かが視界に入ったかと思うと、そっと差し込まれた手が瀬尾さんの腕を掴んだ。

「せっかくの打ち上げなんですから、早く戻ってきてくださいよ」

「ああ、悪い」

黄色の何か。それはきれいな女性だった。肩まで揺れる茶色の髪は手入れが行き届いていて、黄色のスーツを着ている……きっとまだ若い女性。両手で瀬尾さんの腕を掴んで、軽く揺らす仕草は慣れているようで、この二人の親しさがわかる。……胸が痛い。

「課長のお友達ですか?」

挑戦的な笑顔でその黄色は顔を私たちに向ける。
お友達、その言葉を強調したのは気のせいだろうか。ううん、意識してだ。わざとそう言ってるに違いない。ふっと私の体から力が抜けた、。
同じような事を、また繰り返すのかな、悠介の時と同じように。また泣くのかな、やっぱり。
瀬尾さんのことを受け入れられないと、そう気持ちをかためようとしていても、それでも今私は傷ついてるってわかる。
瀬尾さんの周りに女性がいる、それも瀬尾さんに好意を持ってる女性。
その事実を知っただけで、かなり傷ついてる。私、一体どうしたいんだろう。
混乱した気持ちと、落ち込む気持ちを抱えたまま、俯いて、瞳の奥が熱くなる事に不安を感じていると。

「いや、友達じゃない。彼女は、俺の婚約者だ」

瀬尾さんの力強い声が聞こえて。
私の肩を抱き寄せる手の温かさ。
この温かさが、私の求めているものなのかもしれないと、自然に思えた。

そして、私をきつく睨んでいる黄色の彼女の気持ちの強さにも気づいて。

「あ……、木内花緒です。よろしくお願いします」

思わず、そう答えてしまった。婚約者。その立場を受け入れたと思わせる言葉とともに軽く頭を下げた。
私が、本当にそれを望んでいるのかどうか、不安なままで。

黄色の彼女の視線も鋭いまま。私は受け入れてしまった。瀬尾さんを。
< 38 / 226 >

この作品をシェア

pagetop