週末の薬指
それからの食事の味は全く覚えていない。
弥生ちゃんに注がれるままにワインを飲み、料理ですら淡々と無意識のうちに食べていたようで。
結局は瀬尾さんがテーブルに迎えに来てくれるまで、ループに紛れ込んだように延々と悩み続けていた。



「ごちそうさまでしたー」

お店を出た途端、弥生ちゃんは大きな声で瀬尾さんにお礼を言った。
私たちの食事代も瀬尾さんが払ってくれた。
もちろん瀬尾さんのテーブルの分も。
営業マンとしてはトップを独走中だとおばあちゃんが言っていたけど、どれほどのお給料をもらっているのか知らない中でおごってもらうのは、少しためらいもある。

でも、それが当たり前だというように、さっさと私達のテーブルから伝票を手に取った瀬尾さんは、
誰が見ても格好良かった。
瀬尾さんのテーブルで一緒に食事をしていた5人ほどの人達から順番にお礼を言われても、特に何でもないようにしていた姿にも。

正直、見とれてしまった。

瀬尾さんが支払いを終えてお店から出てくるまでのほんの短い間、私は瀬尾さんの部下だという男性たちに囲まれた。
次々と質問を浴びせられ、住宅の営業をしている若手達の言葉は容赦なくて、もともと人見知りな私は茫然としていた。

「瀬尾課長って女性にかなりもてるんですよ。何人も課長の事好きになっては振られてるんです。
社内で一番きれいだと言われている受付のお姫様でさえ拒んでましたからね」

「あ、社長室の秘書の女の子も泣いてましたね。あの見た目で仕事もできて。やっぱり女の子の気持ちは一気にもってかれるんでしょうねー」

「で、瀬尾課長とはどこで知り合ったんですか?まさかこんなにきれいな婚約者がいるなんて想像もしてなかったですよ」

次々と聞かされる話に、時々胸は切なくなって、あー、やっぱり瀬尾さんはもてるんだなと実感する。

実感して、納得して、そして不安になる。

私みたいな平凡な女を、瀬尾さんがまともに好きになってくれるなんて信じられない。
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