週末の薬指
「さっき、一流の女しか俺の隣には合わないって言ってたから答えるけど、花緒は、一流の女だ。
自分の運命を受け入れて、一生懸命生きている、そんな一流の女だ。

……タクシーが待ってるから、一人で帰ってくれ。お疲れ様」

瀬尾さんが止めたタクシーが、後部座席のドアを開けたまま待っている。

「柏木には柏木の思いがあるのはわかるけど、俺の幸せは俺が決める。
……だから今晩の事は今晩限りで忘れろ。

新商品の企画会議、プレゼンの準備もあるから頑張ってくれよ。
柏木だって一流の仕事をする一流の女だ。自信を持ってやってくれ。期待してる」

それまでの重苦しい空気を変えるように、笑顔でそう告げた瀬尾さん。
その笑顔は頼りになる上司そのもので、柏木さんへの信頼と付き合いの深さが見える。

「課長……」

柏木さんは、まだ何か言い足りないように口を開いたけれど、それでも何も言わず、ようやく、一生懸命に笑顔を作った。

「プレゼンに通ったら、今日のメンバーみんなに、回らないお寿司ごちそうしてくださいね」

「ああ、期待してるから、頑張れ」

ふふふっと、小さく笑った柏木さんは、気持ちを切り替えるように背を伸ばした。

「じゃ、失礼します」

軽く頭を下げると、タクシーへと歩みを向けた。
悲しい気持ちを瞳に浮かべながら、私の横を通り過ぎる瞬間、ちらりとその視線が私に向けられた。

『ごめんなさい』

そう言われたような気がしたのは、私の勘違いなのかもしれないけれど、柏木さんから感じられた敵意が少し和らいでいたのは確かで。
その背中はとても寂しそうだった。

そのあとしばらく、タクシーが大通りの向こうへ走り去るのを見ていると、肩に置かれた瀬尾さんの手に力が入った。

「行くぞ」

私を抱いたまま歩き出す瀬尾さんに引きずられるように私もついていく。
心もとない足元を気にしながら瀬尾さんを見ると、その表情は硬くて、どんな気持ちも読み取れなかった。

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