週末の薬指
戻れない想い

1

「おばあちゃん、瀬尾さんの事……」

家に入るなりおばあちゃんの背中にそう問いかけてみたけれど、軽く肩をすくめたおばあちゃんは、食事の途中だったのかキッチンに入って振り向きもしない。

「ねえ、おばあちゃんと瀬尾さんって何か話をしてたの?結婚したいって言われても驚かないし、私に何も聞かないし……」

「朝は、何か食べたの?」

「え?……ううん、瀬尾さん仕事で急いでたし、そんな状況でもなくて。っていうか、おばあちゃん、何か隠してない?」

「うーん。隠してると言われると聞こえが悪いけれど、特に聞かれてないから言ってない事はあるかなあ」

テーブルについて、トーストを頬張りながら淡々と話すおばあちゃん。

その様子は、私に対してはある程度の距離感を保ちながら『おばあちゃんがいなくなってもいいように』と自立した生活を私に求めてきたこれまでと何ら変わらない。

二人きりの家族だけど、いつまでも二人では生きられないのがわかっているから、突き放すでもなく懐に抱えるでもなく、それぞれの生活を尊重しながら過ごしてきた。

だから、今おばあちゃんが私に向けた口調は普段と大して変わらないんだけど、どこかひっかかる雰囲気が感じられる。

伏せられた瞳の向こうには、何かが隠されてるって思う。

「じゃ、聞くけど。私が入院してた事、瀬尾さんに言った?」

「ああ、詳しく言ったわけじゃないけど、その頃……瀬尾さんが部署を異動することになって、うちに挨拶にこられたんだ」

「異動?」

「そうだよ。入社してからずっと営業部だったんだけど、この家を建ててもらったあとしばらくして宣伝部に異動が決まって。その時もわざわざ挨拶にみえて。
……で、ちょうど花緒が入院している時に営業部に戻る事になったって、再び挨拶に来られたんだよ」

「ふーん。結構異動のタイミングが早いね。それに営業部と宣伝部って仕事につながりとかあるのかな」

思いがけないおばあちゃんの話に、疑問を感じる。
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