週末の薬指
確かにサラリーマンだから異動はつきものだけど、今聞いた夏弥さんの異動のタイミングには首を傾げてしまう。

営業職なら、そのまま営業職のまま地方や他の支店への転勤が普通じゃないかと思うのに。

そんな私の疑問を察しただろうおばあちゃんは、それでも曖昧に口元だけで笑ったままコーヒーを飲み干すと。

「結婚を考える仲だったら、直接瀬尾さんに聞いてごらん。おばあちゃんも彼の事をまるまる知ってるわけじゃないし」

優しく突き放すような言葉。

「瀬尾さんはね、あんなに見た目が良くて仕事もできるから女には事欠かない人生を送ってるけど、それでも一途ないい男だと思うよ。おばあちゃんが言いたいのはそれだけ」

「女には事欠かないって……それって、不安になるんだけど……。それに、私の事知ったら瀬尾さんだって一途じゃいられなくなるよ、きっと」

「私の事?ああ、父親がいないって事かい?そんなのもとから抱えてる現実なんだから、今更悩んでも仕方ないだろ。
瀬尾さんがその事で花緒を捨てるなら、それだけの男だって事だよ。諦めな。でも、諦める必要はない男だって、そうおばあちゃんは思ってるよ」

一気にそう言い切ると、おばあちゃんは席を立ち、食器を食洗機に入れ始めた。
あーあ。

これ以上、夏弥さんの事を聞いても何も答えてくれそうにない。

そんな雰囲気が背中に漂っていて、私は小さくため息をついた。

何もかもを話してくれるとは思ってなかったけど、結局何もわからなかったかも。
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