週末の薬指
思い出すように呟くおばあちゃんに相槌を打ちながら、瀬尾さんも懐かしそうに笑った。
スーツの上着を脱いで、白いワイシャツと、ほんの少し緩められたブルーのネクタイ。
整った顔にはどんな格好でも似合うんだな。
スーツ姿の男性なんて、会社で見慣れているのに、どの角度から見ても欠点の見つからない容姿から目がそらせない。
きっと、会社でも女性に人気があるんだろうな。
……というより、結婚しているに違いない。
いい男には、かわいい奥さんがいるっていうのが相場だからね。
左手に指輪はしていないけれど、営業さんだというなら、敢えて外しているのかもしれない。

「私にとっては初めて契約させていただいた、大切なお客様でしたし、初めての物件で。
あの頃はいっぱいいっぱいで何かとご迷惑をおかけしました」

「いいえ、そんな事ないわよ。瀬尾さんが一生懸命やってくれたから、こんなにいい家が建ったんだし。
職人さんにも色々指示してくれて、私の仮住まいだっていい所を用意してくれたし。
瀬尾さんが担当さんで、本当ラッキーだったわ。

ほら、食べて食べて。一人暮らしなんだから栄養偏ってるでしょ?
なんなら他にも作ってるから持って帰りなさいね。
本当、早くいい奥さん見つけて落ち着きなさい。いくら男前でも年を取ったらただのおじいちゃんよ」

ぽんぽんと言葉を投げるおばあちゃんに肩をすくめると、瀬尾さんは小さな笑顔を私に向けた。

「花緒さんは、毎日こんなにおいしい料理を食べる事ができていいですね」

箸を動かしながら、そう言う瀬尾さん。ってことは、独身ってこと?
30歳近いと思うけど、独身なんだ……。まあ、今は30代でも独身の男なんていっぱいいるし。
独身生活を満喫中って事か。でも、これだけの男前だから、彼女、二・三人いてそうだな。
そんな事を思いながら瀬尾さんに、曖昧に笑顔を向けた。
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