ゼロの行方
『タイタン』のラウンジ。
 十二時間の休憩時間に入ったミサキが一人カウンターでバーボンを飲んでいた。シフト時間の関係から館内時間は巣での深夜を迎えている。ラウンジ内には数人の客の姿しか見られなかった。
「今日は『彼女』は一緒じゃないのかい?」
 カウンターの中から五十歳を越えた女が言った。女の名はアセト、滅亡したサイス星の生き残りだった。容姿は太陽系圏の人類と変わることはなく、皮膚が若干黒く、金色の瞳を持っていた。背は低く小太りの彼女はカウンターの向こう側に立ち、カクテルをカクテルを作っていた。
 ミサキは彼女を好ましく思っていた。時々人の心がわかる様な発言をするのだが、決して深く踏み込んでこようとはしない。
 ミサキの『彼女』のことは多くの人が好奇の目で見てくるのにアセトはその様なことはせずにごく普通に接してくれていた。
「あぁ、彼女はまだ仕事だ」
「それじゃあ、例の病気の?」
 アセトは出来上がったカクテルをカウンターの上に置き、注文した客に手招きをした
 霊の病気とは『レアⅡ』から収容した生存者の病気のことを指していた。。
「うん、当分は出てこられないんじゃないかな」
「それじゃあ寂しいわね」
「仕方ないさ、『彼女』はそのようにも作られているのだから。それにこれがあれば何時でも『彼女』と一緒なんだから」
 ミサキは左手首に巻いた ブレスレットはアセトに示した。それを持っていれば何時でも『彼女』と会話することが出来た。
「でも不思議だよね、感染ルートがまだわかっていないんでしょう?」
「そうらしい、あの病気は過去に地球で流行ったものと似ているらしいのだけど、その病気とは感染元が違うらしい…」
 ミサキはそう言うと手にしていたバーボンを一気に飲み干した。
「しかしあんたも変わっているね。ロボットを彼女にするなんて」
 これはよく言われることだ、ミサキはそう思った。彼はどちらかというと人と接することが得意ではなかった。仕事中であれば特に意識することなく会話が出来るのだが、プライベートになるとそうはいかなかった。人との距離がよくわからないのだ。特に異性についてが酷かった。話しかけようとしたり、話しかけられると頭が真っ白になって、胸が苦しくなり、言葉がうまく出なくなるのだ。
『彼女』は幼い頃からミサキの傍に居たロボットに似ていた。幼い頃に両親を失った彼は施設で育った。施設では多くのロボットが働いており、そこで育つ子供達の面倒を見ていた。その多くが女性型で優しく、暖かく子供達に接している。その為なのか、ミサキはロボットに対して心を開きやすかった。
 そんなロボットに『彼女』は似ていた。
「だけど『彼女』はこの船では優秀な方だしね。こういう時は必ず任務に就かされてしまうからね。仕方ないわ」
 アセトはミサキに向かって同情する様に微笑みかける。
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