ゼロの行方
「ようし、エレナ。いい子だ。そのまま起動してくれよ」
 エンジンルームの片隅のあるメンテナンスコンソールにエレナの陽電子脳を接続してデューイT1ー250Mは起動コマンドを打ち込んでいた。直径二十センチほどの球体のあちこちに散りばめられた発光ダイオードが赤、青、緑の光を点滅させている。不規則に光っていたそれらデューイのエンターキーの入力で一定の法則に従って光る様になっていった。 コンソールのディスプレイにはエレナを制作したメーカーンロゴが現れ、次いでRシリーズの基本ソフトウェアが起ち上がった。
「カンリシャノぱすわーどヲニュウリョクシテクダサイ」
 エレナの機械的な声がそう告げた。
 デューイはエレナ用のパスワードを名ね等かに打ち込んでいく。
「ニンショウデキマシタ。オハヨウゴザイマス、でゅーい」
「やあ、お早うエレナ。気分はどうだい?」 デューイはコンソールのマイクに向かって語りかけた。エレナは今、陽電子脳だけの存在となっている。彼女の目、耳、口というインターフェースは全てコンソールのものを代用していた。そしてルナ同様、エレナの言語中枢回路はダメージを受けていた。
「アマリヨクアリマセン。ココハえんじんるーむデスネ?」
「ああ、そうだよ。君はメンテナンスを受けている」
 デューイとエレナの陽電子脳の背後ではインパルスエンジンの低い振動音が響いている。『タイタン』は今、レアの周回軌道上に停止している。インパルスエンジンは必要最低限の作動に留められていた。
「さあ聞かせてくれ。君は何を見てきたのかな?」
 デューイは再びコマンドを打ち込んだ。ディスプレイが切り替わり、炎上前の医療室が映し出された。
 そこでは、エレナは撤去物のチェック作業をしていた。什器や備品、医療機材に防護壁等の滅菌状態、傷やひび等のチェック項目を次々とスキャンしていく。
 チェックが進んでいくうちに問題の防護壁がエレナの前に現れた。彼女の眼はその表面をスキャンしていく。
 その時、外部の何処からかエレナの陽電子脳に小さなファイルが送り込まれ、実行された。エレナの陽電子脳が一瞬フリーズし、再起動した。そして彼女は防護壁の表面に穴が穿たれているのを発見した。
「ストップ。今送られてきたファイルは何か解るか?」
 デューイの命令通りディズプレイの映像は制止した。その片隅にファイルが送られてきた旨のメッセージが点滅している。
「八きろばいとホドノジッコウふぁいるノヨウデス。イッシュン起動シテシュウリョウシマシタ」
「どんな挙動をしたか解るか?」
「チョウサシマス。シバラクオマチクダサイ」
 エレナの声が聞こえると共に陽電子脳の発光ダイオードが激しく明滅した。そして次の瞬間、陽電子脳の至る所でショートが始まり、やがてそれは焼き切れてしまった。

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