本編 そんな簡単に、言うこと聞いてくれないでしょ?
 車内に乗り込み、無意識にふうっと大きく息を吐く。
「どこか、少し寄りましょうか?」
 エンジンをかけながら、彼は言った。
「ううん、いいよ」
「もう時間ないですか?」
「そんなことないけど、君ももう疲れたでしょ」
「僕は別に」
 でも、あんまり後輩に気を遣わせても可愛そうなので、
「それにしても君、君といると楽だね。慣れてる男は違うなあ、今日は誘ってくれて良かったよ」
 軽く褒めて、それを仕事につなげようと思った。
 それだけのつもりだった。
「じゃあ今度、どこ行きましょうか?」
 車内の至近距離で、見つめられてそう言われると、その美貌に少し照れる。
「えーと……、どこでもいいけど……」
 今度も!?と思いながらも、大きく見開いた目でその落ち着いた目を見ていた。
「えっ、なっ……」
 大きな手が急に寄ってきたなと思ったので、身体が勝手に警戒して少し引き、固まる。彼はすぐに手を引いた。
どういう理由があってそんな行動に出たのかは分からないが、とにかく接近していることは間違いないので、いつものゆるい雰囲気との違いに驚き、視線を下げて固まった。
「良かったですか?」
 彼が近付いてくる。圧迫感を感じる。不安になって、頭を下げた。
 私は別に、好きじゃない。
「キスしてもよかったら、顔上げてください」
 なっ……!!
「わっ、私、別に!!」 
 俯いたまま慌てて言った。
「私、そんなキスしたいとか思ったことないし!」
 流れた髪の毛を左手で耳にかけようと、手を自分の顔の近くにもっていった途端、長い指で左腕をとらえられた。更にシートに身体を押しつけられ、距離が縮まる。
 身体を後ろに下げようとしたが、もう後がなかった。
「じゃあ今日はこれだけで」
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