絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ
 香月といえば、心を落ち着けて着替え、顔を整えて時計を見る。慌ててはいけないと言い聞かせたせいか、掛け時計は既に2時50分が過ぎようとしていて、慌てて部屋を出た。
 最後にそのカフェに入ったのは、榊と話をした日。あれから、長い時間が過ぎた。
 久しぶりに入る店内はどこも変わらず、もしかしたら、一番奥の席に榊がいるのではないかという一瞬の妄想を抱いたが、その手前の席に宮下が座っているのが見え、すぐに頭を切り替えた。
「すみません、お休みの日に」
 ちゃんとしたことが言えた自分にほっとする。
「うん。明日も休みだし」
「あ、そうなんですか……」
 宮下は軽く確認すると、オレンジジュースを注文してくれる。そうだ、自分たちはお互いの好みを隅まで知り合うほどの仲になっていたことを、今更思い出した。
「副社長から聞いた。香月を本社の企画部新店舗プロジェクト課の一員に任命することを」
「え」
 ここで、初めて宮下の目を見た。
「日にちは未定だ。香月から連絡が入った時点で、辞令を出すつもりのようだ」
「え、と、しん、きかく……」
「プロジェクト。俺が部長」
「え、それはどういう……」
 営業一課を離れて数か月の香月にとって、突然現れた部署と、そのエリートチームの一員として配属されたことに困惑を抱く。
「副社長は、香月は先がある、有望な社員だからここで活躍してもらう、と言っていたよ」
「え……副社長って、真籐さんのお父さんのことですよね?」
 まずそれを確認した。
「そうだ……真籐君から聞いているかもしれないと思ったが、聞いていなかったみたいだな」
 真籐……自宅で話を少ししたが、そんな話は一度も出なかった。むしろ、雑談ばかりで、本題は避けているように見えたが、まさか、そういう事情があったせいだろうか。
「昇進扱いだから給料も上がるよ」
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