絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ
「……私、エレクトロニクスに戻るなら、店舗でアルバイトだと思ってました。……それでいいとは思ってましたけど」
「……そうだな。店舗の方が好きだったな……」
 宮下はここ一年で更に物腰が柔らかくなっていた。そういえば、子供が生まれたという話も聞いた。それでだろうか。
「いえ……。ここに返ってこられただけでも良かったんです……。また宮下店長の元で仕事ができるんだし」
 精一杯丁寧に返事をしたつもりだが、
「部長な」
と、訂正されてさっそく頭を下げた。
 企画部新店舗プロジェクト課。宮下率いる総勢20名の新鋭部隊。しかも、営業にいた今井までも、が同じく移動してきているらしいその部隊は、その名の通り、これから新しく出す店舗の企画を練る課だが、今回は今までにない、店舗のデザインも一工夫するということで、建築家の先生も招いての企画になるという。つまり、一からのこんな大事なプロジェクトに、よくもまあ、臨時出社のような私を入れてくれたものだ。
 まともに話をしたこともない副社長が期待してくれているという話をどう取ればいいのかは分からないが、とにかく、できるかぎりのことは、していかなければならない。
 香月は、残り少なくなったオレンジジュースを前に、静かに溜息を吐いた。更にまっすぐテーブルを見つめ、唇を少し噛む。
こんなところで、だらだらしている場合ではない。
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