絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ
「やっぱり覚えてないんだね」
 頭は高速で回転した。まさか、チックの時の客!? そうだ、このレベルの客なら、いてもおかしくはない。ただ記憶にはまったく残ってないが、酔っていたせいかもしれない。
「え、あの……」
 顔は完全に引きつっていたが、仕方ない。
「僕たち、一緒にランチしたことあるんだよ」
「え……」
 あ!!!
「本当完全に忘れてたんだね」
 あーそういえば……あの時もビルのデザインがどうとか言ってたわ、この人……。
「最上のあの時の……」
「そう、久しぶりだね」
「あーあー……。あ、すみません……、あの、その……」
「いいよ、別に。つまり今日が初対面じゃないってことが分かってくれれば」
 牧は笑顔で答えたが、それって結局ホテル行きたいための言い訳にしてません?
 それにしても、完全に忘れていた。以前最上が連れて来た、偶然を装って合コンランチした建築家だ。そういえば、その時から好意持ってるとか言ってたっけ……。
「ああ……」
「じゃなかったらそんな……突然部屋とったりしないよ」
 相手は笑ったが、いや、あなたならしそうですけど……。
「ね、これで安心」
 え、だからって私はどこにも行くつもりはありませんけど!!
 どうしよう、既に食事が終わってしまっている。
「あ、あの……その、すみません、私、本当はその、結婚しようかなと思っている人がいるんです」
 いや、隠していたわけではないが、仕事で突然会った人だし、あんまり深いプライベートを暴露してもなあ、と思ったので……。
「……、何? 婚約者がいるの?」
 突然牧は、じろりと睨むと、眉間に皴を寄せた。
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