絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ
「あ……何かな」
 つい、視線が泳いでしまう。
「ここにハンコお願いします」
「ああ……」
 印鑑を探しながら考える、何か聞いた方がいいのか。
「どう、慣れた?」
「えっ?」
「企画課」
 既に印は押され、目を見て話しを聞く。香月がここへ来てから2か月弱、それなりに仕事をこなしていると宮下は思っていた。
「ああ……そうですね……。私、どうして牧先生に嫌われてるんだろうとは思いますけど。君にはできないと思うけどね、みたいな自慢気な嫌味ばっかり」
「裏返しじゃないかな。嫌いの裏は好き」
「え?」
 香月はあからさまに顔を顰めた。「何ですか、それ?」と言いたげである。
「何ですか、それ」
 予想通りだ。
「(笑)、いや、本気で嫌ってたら仕事頼んだりはしないだろうからさ」
「だって私……コピーくらいしかできないし」
「けど、直接いつも連絡とってるし。その、そういう態度を取る人なんじゃないかな。誰に対しても」
「……そうなんですかね……」
「うん。嫌いなら顔も見たくない」
「まあ……週に一度は顔合わせてます……けど」
 牧の指示なのか、香月は毎週牧の事務所に設計図を取りに行ったり、電話を受けたり、メールをしたり、本社との連絡通路になっていた。
「けど、すっごいですよ、嫌味。慣れましたけど」
「どんな?」
「どんな……」
 そこで香月はくるりと回りを見渡して確認してから、隣の席の誰ともしらない人間の椅子を引っ張って、腰掛けた。
< 134 / 423 >

この作品をシェア

pagetop