絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ

 一番最初にその報告を受けた時、放心して、死にたくなった。今すぐ誰か私を殺してくれないだろうかと、呆然とした。
「香月、この前現場に行った時、施工の図面は全部わたしたか?」
 突然、珍しく厳しい表情の宮下に会議室に呼び出されたと思ったら、ドアが閉まるより先に質問をぶちまけられた。
「え、あ、はい。全て、渡しました」
 宮下がチェックした物を寄りだして、後は届けるだけになっていた現場の資料を、持っていくだけの仕事。そんなことで、たいしたミスなど発生するはずがない。
「何枚あった?」
「ええーと……あの、確認してきていいですか?」
 宮下の表情は、恐ろしいほど真剣で、そこで下手な数字など出せる雰囲気ではなかった。
「いい。今日の朝、現場で事故があった。現場の人間が、図面がなかったせいで設計が狂い、材木が落下したと言ってきている。けが人はない。……幸いだ」
 え……。
「確認したか?」
 祈るような、それでいて、疑うような顔。
「しました。2度。……しました。ちゃんと渡しました!! どの部分ですか?」
「……いや、いい。香月が渡したと自信があるのなら」
「……」
 宮下は難しく、視線を逸らした。
「なかったからと言って事故になるとは限らない。ないことに気づかない方も悪い」
「……」
 宮下の顔を見ることができなかった。
 おそらくきっと、宮下はまだ私のことをちゃんと信じてくれて、そんな大役を任せてくれたのに、やっぱり裏切るんだと思ったに違いない。
 そうだ……今までもそうだったではないか。店舗で週3回クレームをつくって香西に叱られた時も見られていたし、江角のことで迷惑をかけたこともたくさんあった。
 それに……一番は、浮気をして裏切った。
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