絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ
「……まだかな」
 佐々木はこちらを見ようとはせず、おもむろにやかんの蓋を開けると中を覗いた。
「水多いなあ。あ、ポットにないの?」
 香月は何も答えられなかった。視線が、真っ直ぐ前から動かせられない。
 ただ、疑問がだんだん確信に変わっていくような気だけがする。
 エレクトロニクス、辞めた方がいいの?
 いや、辞めるべきなの?
「……どうした?」
 それに、どう答えていいのか分からない。
「失敗したと、思ってるのか?」
 佐々木の思いがけない質問に、少し顔を上げた。
「図面、渡し忘れたと思ってるのか?」
「確認はしました。2度。だけど、渡したという証拠はありません」
「2度も確認した。反省する点は特にないだろう」
「……」
 そう、反省する点は特にない。私はきっと、間違ってはいない。
「自分の仕事に、自信を持つことも必要だ」
 佐々木の言葉は、幾寸も間違ってはいない。だが、この時香月はその慰めのような言葉に妙にカッとなり、投げやりな一言を出した。
「私は特に、仕事なんてしてません。する仕事なんて、ありません」
「……してるじゃないか、毎日。昨日も牧先生の事務所に行ってたじゃないか」
お湯が沸いた音が聞こえてきた。
 彼は火を止め、必要な分だけ急須に湯を入れると、残りはポットへ入れてくれる。
「あれは……。行ってますけど、あんまり行く必要もないようなことばっかりです。そんな、製図の確認なんて、ファックスでも十分だし……。私はただ、その……牧先生の機嫌取りに行ってるだけなんです」
「香月を指名してきたという話は聞いた」
 初めて名前を呼ばれた。
「……」
「機嫌取りでも、それが仕事なら、十分役割を果たしていると思うけど?」
「……」
 佐々木は、急須を回し、湯飲みに注いでいく。
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