絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ
 佐々木孝一郎は、ずっと気になって仕方がないことがあった。いや、数にしてみればそんなことはたくさんある。が、今一番目が離せない人物が、一人。それが、新企画課の数少ない女性社員のうちの一人、香月愛であった。
 帰国する前から、同期から噂は聞いていた。新企画課には美人で有名な女子社員がいる、と。もちろん出社してすぐに分かった。顔のパーツ全体が整っている、というのか、とにかく、和風、でも、洋風でもどちらでも似合う、完全な美人であった。
 最初のうちはほとんどしゃべることはなかったし、まあ、有名社員の一人として気にする程度ではあったが、給湯室で会話してからはずっと気になっている。
 本人は仕事ができないことを苦にしている……そんな風であった。
 実際の働きぶりはというと、本人が気にするほどでもない。確かに、優良社員が揃う課からすれば、それほどの動きはできていないかもしれないが、お茶汲みをしなければならないほど使い物にならないわけでもなく、何をそんなに悩んでいるのだと、気になっているのである。
 午後のランチ。何のこともなく一人で今日の日替わり定食をなんともなしに食べていると、宮下が持参した弁当と今しがた入れたばかりのコーヒーカップを持って歩いているのが見えたので、思わず、呼び止めた。
「宮下部長」
「はい」
 宮下はただ停止しただけだったが、佐々木は、
「ちょっとお聞きしたいことがあるんですが……」
「はい」
 宮下は理解すると、佐々木の隣に、まずコーヒーを置いた。
「あの、香月のことなんですが」
「ああ……」
 彼は気づいていたのか、さらりと流すように返事をすると、弁当を開く手を緩めることもなく、食事の準備を始めた。
「いつもは牧先生の連絡と現場への連絡と、他には何かさせてるんですか?」
「後は、気づいたことをやってくれるので特に指示はしてません。僕は店舗での頃からよく知っているんですが、一度指示を出すと、二、三関連のことも勝手にやってくれるので、まあ、いえば、自由にさせてます」
「自由に……」
 それが香月に伝わっていないのではないだろうか。
< 156 / 423 >

この作品をシェア

pagetop