絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ

 とにかく、巽とは今日も会話ができないまま、夜になってしまった。
 定時は5時。ほとんど残業をしない今時期の香月は、定刻通り、5時過ぎには会社を出る。
 外はもちろん夕方になっている。例え、これが昼間だからといったって、もう佐伯がここを一人でぶらぶら偶然通り過ぎることはないし、ディズニーランドへも行けない。
 溜め息が出た。こんな時、ひょっこり附和薫が現れてくれたら、少しは気が紛れるのに……彼の携帯番号どころか、会社も知らない。ないのを知りつつ、携帯電話をいじった。もちろん、電話番号は登録されていない。
 今の時間なら、これから時間がとれるという人が幾人かはいる。レイジ、ユーリ、四対……。四対……いや多分きっと、もっとも忙しい部類の人間だろうが、頼めば時間を作ってくれるかもしれない。
 香月は、四対専用の携帯に持ち変える。今は頻繁に長話をすることはないが、たまに2時間ほど話し込んでしまったりする。かといって、専用携帯をいつでも持ち歩いているわけでもなく、よく、充電することを忘れるが、今日はまだ充電が半ばほどある。そう、こういうときにこそ、電話は活躍するものだ。
香月は、すぐに発信した。午後5時……出る可能性は五分五分か。
 と、考える間もほとんどなく、彼は3回目のコールで電話に出た。
『どうした?』
 その第一声は何故だろう。
「いや、どうもしないけど。暇だなあと思って」
『何、あいつは?』
「……あいつって?」
『タツミ』
 四対の口からその名前を聞いたのは初めてである。
「出張」
『だから暇で俺に電話?』
「だから暇で……じゃなくて、別にあの人が近くにいたっていなくたって、私の暇とは大して関係ないよ」
 そう、彼は常に非常に忙しく、私は常に暇だ。
『ふーん、何、飯でも行く?』
「行く」
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