絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ
『即答だな(笑)、っしゃ。今から行こう』
「え、仕事は?」
『んなもん今終わらせた』
「……定時5時?」
『退社時間は社長が決める。どこ行く?』
 まあ、それが社長の特権か……。
「個室がいい」
『ホテル?』
「ホテル……とは違うけど、……前の話の続き……じゃないか、同じことの繰り返しだけど」
『前の話? えっとなんだっけ?』
「……まあ別に、忘れたんならそれでいいけど」
『……まだ悩んでんのか……、うっし、じゃ、船場にするわ。今どこ?』
「会社の前」
『じゃ悪いけど、そこからタクシー乗って来てくれる? ちょい時間ないから』
「あ、ごめん、忙しいんだね。なら今度でもいいんだよ」
『いや、迎えに行きたいけど、できたら話聞くことに時間使いたいから』
「ごめんね」
『いーんだよ! 謝んな』
「ん……。じゃ、タクシー乗るね。船場吉兆?」
『そ』
 といえば、政治家や、あのリュウ御用達の店である。おそらく、すごいお金持ちか権力者くらいしか使えない会員制の店で、その辺の香月が有り金叩いてのこのこ入れるような店ではない。
 したがって、そんなことなら、せめて馬子にも衣装の巽が仕立ててくれたスーツを着てくればよかったのだが、こんな時に限って安物のデザインスーツだ。
 仕方ない。
 香月は携帯をしまうと、すぐに右手を上げてタクシーを停め、四対の待つ老舗料亭へ行くために、ただ前を向いた。
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