絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ
「別に、私が何か言わなくちゃいけないってこともないと思いますけど。とにかく、私は関係ありません。関係ある人に、聞いて下さい」
 立ち上がらなければ、ここから脱出しなければ。
「おそらくそちらも偽名……、巽というのも偽名です」
 紺野は腰掛けたまま、遠くを見つめ、一言放った。
「そんなわけないじゃないですか」
 こちらも、冷静に対応する。
「香月さん、あなた、彼に騙されているかもしれませんよ」
 何の証拠もないただの言葉の羅列なのは分かっているが、さすがに、心が揺れた。
「なんなんですか、一体」
 そこで香月は、怒りによる涙をどうにか隠そうと、言葉を区切った。
「すみません。いや、こんな話をしている場合ではないのです。本当にその、誘拐事件のことが聞きたくて、ここへ来たのです」
「被害者の、家族の方がとても心配していらっしゃいます。どうか、少しでも事件を進展させてください!」
 年増の新人の出る幕じゃないだろう。香月は坂上を睨みつけた。
「……知りません。私には関係がないことです!」
立ち上がり、ソファから一歩離れた。もううんざりだ。
「巽が犯人だとしても、そうじゃないとしても、あなたが何か知っていることを話して頂ければ、変わるかもしれません。
 お願いですから、協力していただけませんか。人助けに」
 南田は隙を許さない。
「……なんなんですか、協力って」
 香月は声を震わせた。
「何で私がここまで侮辱されてっ……その上協力なんかしなくちゃいけないんですか!!」
 溢れる涙を止めることはできなかった。もう、誰を見ることもできない。
「香月さん、騙されている可能性が高いんです」
 紺野も立ち上がった。
「巽光路に、騙されている可能性が高い」
「……誰がですか。あなたがですか?」
 息を止めて言った。
< 169 / 423 >

この作品をシェア

pagetop