絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ
 その間に彼女は営業部から、新企画課に横滑り、いや、昇進したも同然ほどの実力を発揮しているし、今日もエレベーターの中でこっそり見つめることができた。
 切なさで胸がいっぱいになる。
「いやあ、今日も疲れたなあ」
 隣に腰掛けた永井とは、本社へ来てからの友人である。
 永井のことは、仕事ができないのに本社に居座っている男として名前を聞いたことがあったが、実際見てみると、それがそうでもない。今も、新企画課なる花形課に所属していながらも半分以上遊んでいるように見えるし、実際そうなのだが、やれば人の倍以上の成績を残すのである。結果だけを見たのなら、彼が時期主任というのもあながち、間違いではなさそうだった。
 彼と仕事帰りにラーメン屋に来たのは、もちろんこれが初めてではない。月2度くらいのペースでは、誘ってもらっているだろうか。
 とにかく、昨日残業してたから、とか、よく人のことをみていて、律儀に誘ってくれる実は気遣いの耐えない男なのである。
「今日宮下部長機嫌悪かったなあ。なんかあった?」
 まず、どうでもいい世間話から始める。
「いや……。
 あ、今日香月さんとしゃべったよ。初めて」
 心臓が大きく鳴った。あまりの動揺に手が大きく振れ、前のコップの水を倒してしまう。
「あ゛!! ごめん!!」
 反射で謝ったが、
「きてない、きてない」
 永井は己の領域には入り込んでいないと言い、店員に素早く布巾を持ってくるよう頼んだ。
 領野は、店員に渡された布巾で素早く水を吸収すると、なんとか、また席に落ち着けた。
「何今の。香月さんに反応した?」
 永井は整った顔でにやりと口角を上げたが、どう答えてよいのか分からず一時停止。更に、表情に困りながらも、顔を見ると、永井は大げさに笑った。
「アハハハハハ、なんだ、好きだったんだ」
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