絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ
 翌日、寝覚めは最悪であった。いや、記憶の中の最悪が蘇っただけで、実際は何かを感じる心が見つからない……そんな気さえした。
 昨晩、最上と別れ、正式に借用書にサインした後、水野が借りているマンションに向かった。そこで生活をして仕事を進めていくということだったので、よくあるワンルームマンションをいくつか契約しているうちの一つだと思った。
 なのに、彼が車を停めた駐車場のマンションは明らかに高級で、とても今から仕事を探そうという人に貸す物件には思えなかった。
「あの……こんな高そうな家賃、払えないと思うんですけど」
 月25万は軽いだろう。その出費では借金を返すどころか増える一方だと不安になった。
 だが水野は簡単に。
「ここは俺の」
 ああそうか。多分きっと、まだ手ごろなマンションがなくて、今日は水野のうちに泊まるんだ。そんな斡旋をしている水野はきっとかなりの収入があるんだろう。だが、グレーゾーンの仕事ともいえる、やはり危険な男に違いない。
 室内に入り、その性格が見た目そのまま割りと几帳面で、インテリアにもこだわっていることが分かる。だから寝室に通されても、ああ、ここがとりあえず今日寝る部屋なんだとそれほど嫌な気はしなかった。
 なのに違った。彼は突然香月をベッドに押し倒し、押さえつけてからメガネを外した。
「いい思いさせてやるから、脚開け」
香月は完全に怖がってしまい、抵抗もできないまま、結局涙を浮かべて朝を迎えた。
 その一言で、銀座という街を思い知った。巽が生きている、巽が頂点を極めた道を、思い知らされた。
 今日は会社……、いつもは面倒な気さえするのに、今日ばかりは、今すぐにでもスーツに着替えたかった。
「今日は辞表を出して、身辺の片付けをすること、夕方はクラブの面接。合格するだろうから、今日から働けると思う」
 水野は隣で起き上がるなり、今日のスケジュールをさらさらと読み上げた。
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