絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ
 あの時、最上が幸せになればいいと願ったのに、また自分がこんなにも幸せになりたいと望んでいる……。あの時、私は人の幸せを願えるほど、実は幸せだったのだ。
 あれから最上とは、私が携帯を変えたことによって連絡がとれていない。彼女が今、こちらを探すことはできないだろうし、もしかしたらこの先、もう彼女と会うことはないのかもしれない。
 それでも、彼女が子供をどうにか育てていってくれるのなら、それで十分だと思っている。
 西野の生活を壊す要因となってしまった私。それに気づいて抗議した最上に言い返した自分に対して、今の姿は逃れようがなかったものなのかもしれない、そう思うようになっていた。
 人を傷つけた罪、そして罰。
 借金を返しながら、生きていかなければならない生活。香月がいなくなれば、次に支払うのは、最上……女手一つで子供を抱え、二千万の借金を背負って普通に生活していくことなど、到底不可能だ。
 それでもどうにか頑張って今日もいらっしゃいませと言えるのは、昔の思い出があまりにも綺麗だから。
 今からは、過去に生きればいい。
 溜め息をついて、今夜も出勤する。ここ数日附和が顔を見せてくれたおかげで、心が随分安定していた。附和とは何を話すわけでもない。日によれば、他の客と変わらないただの会話だけの日もあるのに、今はその存在が、支えになっていた。
 今日も来るかもしれない、と思うとそれだけで楽になる。
 そう思いながら開店前のミーティングに参加していると、出入り口を清掃しているはずのボーイが現れ、ママに耳打ちをした。
「えっ! 四対財閥の息子!? 愛を指名?」
 言いながらママはこちらを見た。と、同時にママの声が聞こえた数人もこちらを見た。
「え……」
「あなた一体どういう生き方してきたの? 附和さんといい……」
「……」
 適当に返せる質問ではない。が、特に周囲からの視線が痛い。
「中に入ってもらうわ。あなたと話がしたいって言ってるそうだから。これなら二千万、すぐかもね」
 まあ、その予想は当たっているのかもしれない。
 香月は、一人、ミーティングから抜けると、明らかに苛立ちを見せて一人でソファに座る四対に恐る恐る近寄り、深々と頭を下げた。
「いらっしゃいませ……」
「帰るぞ!」
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