絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ

世紀のプロポーズ

 新東京マンションで目が覚めた時、今までが夢だったのか、これからが夢なのか、認識するまでにしばらく時間がかかった。
 ただ、隣には白いバスローブのままぐっすり眠る巽がいることだけは確かで。昨日の夜、ずっと強く抱きしめられていた感触も、まだ残っている気がする。
 たった3ヶ月の間に色々なことが起こった。
 巽に別れると啖呵を切ったその日に、最上がギャンブルで残した二千万円を肩代わりし、エレクトロニクスをやめた。そして、高級クラブのホステスになり、世話人の水野に抱かれ、客に抱かれ、避妊手術をした。
 結局は、借金を千に払ってもらい、巽に二百万の借金をして助けられたわけだが。
 ベッドの上で体育すわりのまま、深い溜息をついた。
「……どうした?」
 巽はいつから起きていたのか、静かに話しかけてきた。
「……」
 香月は、顔を埋めてそれには答えない。
 会社も辞め、避妊手術も受けてしまった自分に残されたものは、巽への借金二百万だけ。
「しばらくゆっくり休め……慣れないことをしたせいで、疲れてるんだ」
 ごめんとか、ありがとうとか、言いたいことはたくさんあるのに、何も口から出てこない。
 自分で決めて、自分で行動を起こしたことに対する後悔はない。ただ、失ったものの変わりに得た物が、あまりにも惨めすぎて。
 それらを忘れるために、思い出したのは、過去、宮下の部屋に見舞に行き、モデルルームみたいだとはしゃいだ最上のあまりにも明るい声だけ。
 あれから一体、どれくらいの時間が経ったのだろう。
「……」
 巽がゆっくりと、しかし強引に体を抱きよせ、強く、感触を確かめるように、抱きしめてくる。
「プーケットでも行くか? どこがいい?」
 巽がどんなつもりで話しているのかも分からない。
「行けないよ……、借金があるのに旅行なんか」
 どんな感情を込めて喋ればいいのかも分からない。
「最上……元気かな」
 
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