エスメラルダ
エスメラルダの手には二つの品があった。
一つは緑の絹に金糸で刺繍した袋……辱めを甘んじて受け、手に入れた水晶が入っている……と漆蒔絵の書簡箱であった。その中には、誰の何についての『審判』が行われたかという事を仔細に記し、かつ結果をしたため、大祭司の文様が入った書簡が収められた大切な箱である。
フランヴェルジュにも自分にも身分がなかったらこんなものは必要ではなかった。
ただ惹かれ、恋をしただけなら。
それだけなら、決して必要ではなかった。
身分というものは自分達をがんじがらめにするので嫌いだとエスメラルダは思う。
それでも、フランヴェルジュが国王として差配する姿にも心奪われた自分がいるので、完全に身分について否定は出来ないが。
それにしても、悩みは一つあった。
ブランシール様。
あの口づけは何ですか?
貴方はレーシアーナの夫になるはずの御方。
それに。
あの口づけには悪意があった。怒りが、憎しみが、悲しみが、あった。
それは何故?
エスメラルダには解らない。解らないが、何か引っかかる。
それに自分にそのような仕打ちをしたということが許せなかった。
エスメラルダが受け入れたのではない。
ねじ込まれた口づけ。
あんな事、フランヴェルジュ様なら決してなさらないわ。
早急に二人っきりになる必要がある。
問いたださないとならない。
レーシアーナの幸せに関わるかもしれない。
ただ、今は他のものと二人っきりになりたかった。そう、カスラと。
「夜会の前にアユリカナ様にお会いしとうございます。御手数をおかけしますが『真白塔』へ馬車を走らせて頂けないでしょうか?」
「承りましてございます」
御者はすぐに答えると少しだけ方向転換した。
そしてすぐに塔に着く。
「ご苦労様です。すぐに戻ってきますのでそなたはここに待機していてもらえますか?」
「はっ!」
御者席から降り、エスメラルダが馬車から降りるのを手伝っていた御者は彼女の足が地に付いたのを見ると左胸を叩いた。
「では、お願いします」
エスメラルダは走り出したいのを必死で押さえ、アユリカナに袋と書簡箱を渡し、二階を借りた。ブランシールが使っていたあの部屋である。
「カスラ」
一人きりであるのを確認し、エスメラルダは呼ぶ。
ふわりと風が動いたかと思うと、何時の間にか部屋の片隅でカスラは控えていた。
「我が主よ。如何なされました?」
「ファトナムールの使節にはハイダーシュ殿下がいらしたのでしょう? 詳しく会話を再現して頂戴」
「それが、ハイダーシュはまだ来ておりませぬ」
カスラのその言葉に、エスメラルダは眉をあげた。
「どういう事?」
「雪でございますよ、エスメラルダ様」
カスラが淡々と答える。
「ついさっきカリナグレイの南門に到着いたしました。明日のブランシール殿下とレイデン侯爵令嬢の婚儀には間に合いましょう」
「そう、レイリエは?」
「大人しくしております。今のところは」
その言葉に、エスメラルダは心底ほっとした。レイリエはどのように動くのか予想がつかない。
昔っからそうだった。
レイリエは予測不可能な敵だった。
「わたくしはお前の忠告を聞くべきだったのよね。だけれども、今更だわ。レイリエはファトナムール王宮の奥深くに大切に隠されている。下手に手出ししたらどうなるか」
「気弱な事を仰いますな。主にはカスラがついております故に。ただ、ハイダーシュは国王陛下に勝るとも劣らない剣技の持ち主です。くれぐれもご注意召されん事を」
「解ったわ。下がりなさい。そして明日の朝までかき集められるだけ情報をかき集めてきて頂戴」
「は!」
そう言うと、カスラは影の中に溶け込んだ。
さて、未来の母に礼を述べ夜会へ急がねば。
一つは緑の絹に金糸で刺繍した袋……辱めを甘んじて受け、手に入れた水晶が入っている……と漆蒔絵の書簡箱であった。その中には、誰の何についての『審判』が行われたかという事を仔細に記し、かつ結果をしたため、大祭司の文様が入った書簡が収められた大切な箱である。
フランヴェルジュにも自分にも身分がなかったらこんなものは必要ではなかった。
ただ惹かれ、恋をしただけなら。
それだけなら、決して必要ではなかった。
身分というものは自分達をがんじがらめにするので嫌いだとエスメラルダは思う。
それでも、フランヴェルジュが国王として差配する姿にも心奪われた自分がいるので、完全に身分について否定は出来ないが。
それにしても、悩みは一つあった。
ブランシール様。
あの口づけは何ですか?
貴方はレーシアーナの夫になるはずの御方。
それに。
あの口づけには悪意があった。怒りが、憎しみが、悲しみが、あった。
それは何故?
エスメラルダには解らない。解らないが、何か引っかかる。
それに自分にそのような仕打ちをしたということが許せなかった。
エスメラルダが受け入れたのではない。
ねじ込まれた口づけ。
あんな事、フランヴェルジュ様なら決してなさらないわ。
早急に二人っきりになる必要がある。
問いたださないとならない。
レーシアーナの幸せに関わるかもしれない。
ただ、今は他のものと二人っきりになりたかった。そう、カスラと。
「夜会の前にアユリカナ様にお会いしとうございます。御手数をおかけしますが『真白塔』へ馬車を走らせて頂けないでしょうか?」
「承りましてございます」
御者はすぐに答えると少しだけ方向転換した。
そしてすぐに塔に着く。
「ご苦労様です。すぐに戻ってきますのでそなたはここに待機していてもらえますか?」
「はっ!」
御者席から降り、エスメラルダが馬車から降りるのを手伝っていた御者は彼女の足が地に付いたのを見ると左胸を叩いた。
「では、お願いします」
エスメラルダは走り出したいのを必死で押さえ、アユリカナに袋と書簡箱を渡し、二階を借りた。ブランシールが使っていたあの部屋である。
「カスラ」
一人きりであるのを確認し、エスメラルダは呼ぶ。
ふわりと風が動いたかと思うと、何時の間にか部屋の片隅でカスラは控えていた。
「我が主よ。如何なされました?」
「ファトナムールの使節にはハイダーシュ殿下がいらしたのでしょう? 詳しく会話を再現して頂戴」
「それが、ハイダーシュはまだ来ておりませぬ」
カスラのその言葉に、エスメラルダは眉をあげた。
「どういう事?」
「雪でございますよ、エスメラルダ様」
カスラが淡々と答える。
「ついさっきカリナグレイの南門に到着いたしました。明日のブランシール殿下とレイデン侯爵令嬢の婚儀には間に合いましょう」
「そう、レイリエは?」
「大人しくしております。今のところは」
その言葉に、エスメラルダは心底ほっとした。レイリエはどのように動くのか予想がつかない。
昔っからそうだった。
レイリエは予測不可能な敵だった。
「わたくしはお前の忠告を聞くべきだったのよね。だけれども、今更だわ。レイリエはファトナムール王宮の奥深くに大切に隠されている。下手に手出ししたらどうなるか」
「気弱な事を仰いますな。主にはカスラがついております故に。ただ、ハイダーシュは国王陛下に勝るとも劣らない剣技の持ち主です。くれぐれもご注意召されん事を」
「解ったわ。下がりなさい。そして明日の朝までかき集められるだけ情報をかき集めてきて頂戴」
「は!」
そう言うと、カスラは影の中に溶け込んだ。
さて、未来の母に礼を述べ夜会へ急がねば。