エスメラルダ
第十三章・花結び
 フランヴェルジュのせわしない生誕祭の後、華燭の典は厳かに執り行われた。
 花嫁であるレーシアーナは、美しかった。
 真珠とレースで飾られた美しい花嫁。
 その頬は薔薇色であり、唇は熟れたさくらんぼであった。額の真珠が少し重たげに見える。白くて細くて少し長めの首が、重さに傾いだかのように見えて、その様は花嫁を益々愛らしく見せていた。
 ブランシールは秋の空色のサッシュに剣帯を身につけ、左胸に階級章を飾る軍人礼装である。黒のマントは銀糸で縁取られ、大変艶やかであった。
 似合いの二人組。
 そんな言葉がしっくりくる二人を見詰め、エスメラルダは小さく溜息をついた。
 王都カリナグレイは雪化粧に覆われている。
 昨日の嵐の名残が道路の両脇に高く積み上げられた雪であった。
 メルローアは道路の建設に多大な力を込めている。占領した国があったならまず道路を引いた。そして、メルローアの道路は全てカリナグレイの王城への道路に繋がっている。
 カリナグレイ中央門から真っ直ぐに王城に繋がる道は『彩季の道』と呼ばれていた。
 所々に植えられた木々が四季の移ろいを見事に表してくれる美しい道である。
 だが、今はその木々も雪に覆われていた。
 『彩季の道』を開通させなければ他の道路も意味がない。こういう時、軍人達は子供達に銀貨一枚で雪を道の端に退かせた。『彩季の道』に繋がるほかの道路も同様である。
 決して軍人たちはサボっているのではない。その証拠に子供達の働きをつぶさに観察し、良く働く者には更に銅や飴が与えられるのだ。
 これは子供達、そして子供達の家族にとっても大きな副収入になっていたのである。
 メルローアでは昔から子供達を仕事に使う風習があった。流石に貴族の子弟でもない限り戦場にまで連れて行かれることは稀であったが、カリナグレイなりエリファスなリ、何処の子供も重要な労働力として見られていた。
 子供に仕事をさせ、その仕事が決してただ働きではなく報酬が発生するという事で、子供達はメルローアの為に、『祖国の為』に、何かを成すと言う事を学んだのである。
 雪かきは夜明けと共に行われており、只今現在朝の九時、それは綺麗に片付けられていた。勿論、消えてなくなるわけではないので道路の両端には積まれてあったが。
 今日が王弟殿下と侯爵令嬢の婚姻の日である事は、子供達の間でもずっと話題になっていた事であった。
 雪の所為で早起きを強いられたが、昼からのパレード目当てに店を並べる露店では自分達の労働に相応しい菓子や玩具が手に入る筈。
 子供達は、うきうきしながら、昼までのひと時をまどろむ事に決める。
 パレードまでもう少し。手はかじかんで冷たいけれども心は熱い子供達であった。


 そのパレードの前に神殿『純潔の白き宮』にてブランシールとレーシアーナは大祭司マーデュリシィの祝福を受ける事になっていた。
 王族の婚姻、戴冠、死亡、その時だけがこの『純潔の白き宮』が外国からの使節を受け入れる時であった。
 美しい建物に人はまず吃驚し、次にそこに君臨する大祭司の絶対的なまでの美貌に人は心うたれた。異教の神、愛の女神ルシュラにも負けない美貌だと人は誉めそやす。
 だが、今日、マーデュリシィは鬱陶しいまでの視線の集中攻撃に遭わずほっとしていた。
 メルローア王家の末席にエスメラルダが座っていたからである。
 エスメラルダの美貌はマーデュリシィの美貌とはまるで違った。マーデュリシィの美しさは畏怖を持って語られるべきものだが、エスメラルダは、その炎のような情熱を、きちんと結った髪と伏せ目がちな視線で隠した、否、隠したつもりでいるのだが隠しきれていない生き生きとした少女であった。
 昨日婚約が発表されたというので、人々の耳目は自然エスメラルダに向かう。
 末席とはいえ王家の席に連なる事を許されているなら、昨日のフランヴェルジュの言葉は冗談や戯言ではなく本気であった事が解る。
「杯を」
 マーデュリシィの朗々とした声が響き、列席を許された者達は慌てて新郎新婦の方に関心を戻した。いよいよ儀式の最後である。
 杯に水が満たされる。ホトトルの湧き水だ。それを受け取ったブランシールは三口、口に含むと花嫁に口移しでその水を飲ませた。
「主よ、祝福を垂れ給へ」
 そして神殿での儀式は終了する。
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