エスメラルダ
夜会も終り、花婿は花嫁の支度が終わるのを部屋で待つ事になる。
湯浴みをし、香油を擦りこみ、白い夜着に着替えてやってくるであろうレーシアーナをのんびりと待っていたら、フランヴェルジュが部屋の扉をノックした。
「兄上!?」
ブランシールは驚いて駆け寄る。
白ワインを持ってきたようだ。
「花嫁の支度にはまだかかるそうだ。俺の為に少しばかり時間を割いてくれないか? 野暮は言わん。レーシアーナが準備整い次第出ていくから」
「兄上、どうなされたのです?」
「俺がこれから尋ねる事に母の名にかけて真実を答えると誓え」
「何です? いきなり」
ブランシールは困惑の表情をする。
だが、すぐに兄の口臭から相当の酒精を体内に摂取している事が感じられたので、大人しくその言う事を聞く事にした。
「誓え」
「はい、我が母、アユリカナの名にかけて」
鮮やかに、フランヴェルジュの黄金色の瞳が煌く。
「レイリエは生きているのか?」
ブランシールは硬直した。
何故今日はめでたい日である筈なのに、自分にとって都合の悪い問題ばかりが持ち上がるのだろう?
因果応報という言葉の意味を、ブランシールは噛み締める。
「答えよ! あの女は生きているのかと聞いている!!」
「……はい」
ブランシールは正直に答えた。
兄は知っているのだ。何故かは解らぬが。
そして聞いているのではない。
確認を取っているのだ。
「レイリエは僕が逃がしました。この国に二度と足を踏み入れないのを条件に。何処に行ったかは知りません。御者に信用の置けるものを選びました。三日で帰ってくるように行ってあったのに何時までたっても帰ってこなかった……」
「殺されたか」
フランヴェルジュは苦々しげにそう言うと白ワインのビンに直接口をつけあおる。
殺されたか。
僕や父上のようにのように腑抜けにされたか。
考えると怖くなる。
あの女は毒蛇だ。
「あの女がどうなされたのです?」
ブランシールの言葉に、フランヴェルジュはかいつまんで今までの事を話して聞かせてやった。
「……殺しておくべきだった!!」
苦渋も露わに言う弟に兄は問う。
「何故殺さなかった?」
「それは……」
ブランシールは口ごもる。
誰が言えようか! 腑抜けにされて完全に溺れさせられて、そしてとりこになってしまったなどと!! 積極的に軽蔑さえ感じるレイリエ相手に。言えよう筈がない。
「言えぬか……父上と同じ、か?」
はっと、ブランシールは瞠目した。兄を見詰める。見詰めてその瞳の奥に深い理解の色を見て取って、ブランシールは唇を噛み締めた。知っていたのか。ああ、知って。
死んでしまいたい。
そして、ブランシールは頷いた。
うなだれたといったほうが早いかも知れぬ。
その弟の身体をフランヴェルジュは抱きしめた。
「なっ……!? あに、うえ……?」
「お前が人殺しでなくて良かった」
どくん! と、ブランシールの心臓が跳ねた。
駄目です、嫌です、兄上。
また貴方のとりこになる。
また貴方を誰にも触れさせたくなくなる。
「叔母を殺せなかったお前だ。死体もどうせお前がやったのではないのだろう?」
そう、あれは死体置き場から引き摺ってきた。罪もない人間を殺す事は出来なかった。
「……はい、兄上」
するっと腕が解かれた。
「邪魔したな、新婚初夜だというのにすまぬ。俺は退散する。ハイダーシュの許に居るのが恐らく本物のレイリエ叔母だと確認が取れただけで満足だ」
「兄上……」
「有難う」
イカナイデという言葉を嚥下するのに酷く時間がかかった。だが、ブランシールは、それでも笑って見せた。笑うしかなかった。
湯浴みをし、香油を擦りこみ、白い夜着に着替えてやってくるであろうレーシアーナをのんびりと待っていたら、フランヴェルジュが部屋の扉をノックした。
「兄上!?」
ブランシールは驚いて駆け寄る。
白ワインを持ってきたようだ。
「花嫁の支度にはまだかかるそうだ。俺の為に少しばかり時間を割いてくれないか? 野暮は言わん。レーシアーナが準備整い次第出ていくから」
「兄上、どうなされたのです?」
「俺がこれから尋ねる事に母の名にかけて真実を答えると誓え」
「何です? いきなり」
ブランシールは困惑の表情をする。
だが、すぐに兄の口臭から相当の酒精を体内に摂取している事が感じられたので、大人しくその言う事を聞く事にした。
「誓え」
「はい、我が母、アユリカナの名にかけて」
鮮やかに、フランヴェルジュの黄金色の瞳が煌く。
「レイリエは生きているのか?」
ブランシールは硬直した。
何故今日はめでたい日である筈なのに、自分にとって都合の悪い問題ばかりが持ち上がるのだろう?
因果応報という言葉の意味を、ブランシールは噛み締める。
「答えよ! あの女は生きているのかと聞いている!!」
「……はい」
ブランシールは正直に答えた。
兄は知っているのだ。何故かは解らぬが。
そして聞いているのではない。
確認を取っているのだ。
「レイリエは僕が逃がしました。この国に二度と足を踏み入れないのを条件に。何処に行ったかは知りません。御者に信用の置けるものを選びました。三日で帰ってくるように行ってあったのに何時までたっても帰ってこなかった……」
「殺されたか」
フランヴェルジュは苦々しげにそう言うと白ワインのビンに直接口をつけあおる。
殺されたか。
僕や父上のようにのように腑抜けにされたか。
考えると怖くなる。
あの女は毒蛇だ。
「あの女がどうなされたのです?」
ブランシールの言葉に、フランヴェルジュはかいつまんで今までの事を話して聞かせてやった。
「……殺しておくべきだった!!」
苦渋も露わに言う弟に兄は問う。
「何故殺さなかった?」
「それは……」
ブランシールは口ごもる。
誰が言えようか! 腑抜けにされて完全に溺れさせられて、そしてとりこになってしまったなどと!! 積極的に軽蔑さえ感じるレイリエ相手に。言えよう筈がない。
「言えぬか……父上と同じ、か?」
はっと、ブランシールは瞠目した。兄を見詰める。見詰めてその瞳の奥に深い理解の色を見て取って、ブランシールは唇を噛み締めた。知っていたのか。ああ、知って。
死んでしまいたい。
そして、ブランシールは頷いた。
うなだれたといったほうが早いかも知れぬ。
その弟の身体をフランヴェルジュは抱きしめた。
「なっ……!? あに、うえ……?」
「お前が人殺しでなくて良かった」
どくん! と、ブランシールの心臓が跳ねた。
駄目です、嫌です、兄上。
また貴方のとりこになる。
また貴方を誰にも触れさせたくなくなる。
「叔母を殺せなかったお前だ。死体もどうせお前がやったのではないのだろう?」
そう、あれは死体置き場から引き摺ってきた。罪もない人間を殺す事は出来なかった。
「……はい、兄上」
するっと腕が解かれた。
「邪魔したな、新婚初夜だというのにすまぬ。俺は退散する。ハイダーシュの許に居るのが恐らく本物のレイリエ叔母だと確認が取れただけで満足だ」
「兄上……」
「有難う」
イカナイデという言葉を嚥下するのに酷く時間がかかった。だが、ブランシールは、それでも笑って見せた。笑うしかなかった。