エスメラルダ
そんな事が起こりうるわけではないのだと、レーシアーナには解りきっていたけれども。
「───ブランシール様……」
震える声で、レーシアーナは言った。
だけれども、震えてはいてもそこに湛えられるは強くしなやかな意思。
「なんだい?」
ブランシールは問いながら、少し驚いていた。
レーシアーナはこんなに細かっただろうか?
強く抱き締める事が躊躇われてしまう、折れそうな身体の妻。
ブランシールが今まで望んだものの中で唯一自分のものになったもの。
そのレーシアーナがいう。
「……抱いてくださいませ」
どくんっ、と、ブランシールの胸が鳴った。
まざまざと思い出す。
張りのある柔らかく白い肌。吸えば花を散らしたかのように紅い跡が刻まれるそんな肌。
甘い匂いがした。
髪からも肌からも。
足の指の爪まで完璧に整えられてあった……レイリエ。
淫らに乱れ、喘いで、自分を溺れさせたレイリエ。
だが。
ブランシールはレイリエの寝台から出ると仕事を放り投げて神殿の潔斎の場にて湯浴みを行った。
何一つ感触を残したくなかったので、まだ寒い季節だと知っていながら、湯と石鹸で身体を洗った後に、塩と水で身を清めた。
それでも、まだ完璧に感触が消えたとは思えない。
その身体で、レーシアーナを抱くのか?
それはレーシアーナを穢す行為のように思えた。
レーシアーナは僕の聖域。
穢してはならないもの。
大事な大事なレーシアーナ。
「レーシアーナ、私は……」
「汗臭い事は存じております……ですがどうか……」
胸に顔を埋めているレーシアーナの表情は、ブランシールからはうかがい知れない。
それでも、痛々しいくらいにつたわってくる決意。
汗の匂いなど気にならない。
そうじゃない、そうじゃないんだ。
「……レーシアーナ、今日は駄目だよ。汗の匂いなんか気にならない。でも熱が引くまでは……」
「嫌です」
きっぱりと、レーシアーナは言い切る。
「───女にこのような事を言わせて、恥をかかせるおつもりですか? 酷い、方」
ブランシールは胸が濡れるのを感じた。
また、レーシアーナが泣いているのだ。
新しい涙をこぼしているのだ。
可哀想なレーシアーナ。
不実な夫を持ってしまったレーシアーナ。
それなのにその不実な夫を愛してしまっているレーシアーナ。
「レーシアーナ……顔を上げて」
ブランシールは泣きたい思いでそう言った。
愛している。愛しているんだ。
だから僕なんか死んでしまえばいい。
ゆっくりと顔を上げたレーシアーナの瞳には涙が盛り上がり、その赤い頬は涙の筋で汚れていた。
ブランシールは片腕だけでレーシアーナを抱き締め、あいた手でレーシアーナの顎を持ち上げた。
そして口づける。
優しい口づけ。
レイリエにした、貪るような口づけとは違う。
だが、何倍も何倍も想いがこもったもの。
「一晩中、お前が眠ってしまうまで口づけるから、許して」
ブランシールの言葉に、レーシアーナは仕方のない人、と、微笑んだ。
つぅっと、涙が頬を伝う。
これは何の涙であろう?
その涙に、ブランシールは口づけた。
段々、レーシアーナは自分が何故泣いているのか解らなくなってくる。
それでも涙は止まらない。
ブランシールの胸は温かく逞しく、自分を包み込んで、そして雨のように口付けが降ってくるというのに。
何が悲しいの?
こんなにこんなに幸せなはずなのにね。
今まさに抱き締められていて、今だけはわたくしだけのブランシール様だといのに、不思議ね。本当に不思議ね。
「───ブランシール様……」
震える声で、レーシアーナは言った。
だけれども、震えてはいてもそこに湛えられるは強くしなやかな意思。
「なんだい?」
ブランシールは問いながら、少し驚いていた。
レーシアーナはこんなに細かっただろうか?
強く抱き締める事が躊躇われてしまう、折れそうな身体の妻。
ブランシールが今まで望んだものの中で唯一自分のものになったもの。
そのレーシアーナがいう。
「……抱いてくださいませ」
どくんっ、と、ブランシールの胸が鳴った。
まざまざと思い出す。
張りのある柔らかく白い肌。吸えば花を散らしたかのように紅い跡が刻まれるそんな肌。
甘い匂いがした。
髪からも肌からも。
足の指の爪まで完璧に整えられてあった……レイリエ。
淫らに乱れ、喘いで、自分を溺れさせたレイリエ。
だが。
ブランシールはレイリエの寝台から出ると仕事を放り投げて神殿の潔斎の場にて湯浴みを行った。
何一つ感触を残したくなかったので、まだ寒い季節だと知っていながら、湯と石鹸で身体を洗った後に、塩と水で身を清めた。
それでも、まだ完璧に感触が消えたとは思えない。
その身体で、レーシアーナを抱くのか?
それはレーシアーナを穢す行為のように思えた。
レーシアーナは僕の聖域。
穢してはならないもの。
大事な大事なレーシアーナ。
「レーシアーナ、私は……」
「汗臭い事は存じております……ですがどうか……」
胸に顔を埋めているレーシアーナの表情は、ブランシールからはうかがい知れない。
それでも、痛々しいくらいにつたわってくる決意。
汗の匂いなど気にならない。
そうじゃない、そうじゃないんだ。
「……レーシアーナ、今日は駄目だよ。汗の匂いなんか気にならない。でも熱が引くまでは……」
「嫌です」
きっぱりと、レーシアーナは言い切る。
「───女にこのような事を言わせて、恥をかかせるおつもりですか? 酷い、方」
ブランシールは胸が濡れるのを感じた。
また、レーシアーナが泣いているのだ。
新しい涙をこぼしているのだ。
可哀想なレーシアーナ。
不実な夫を持ってしまったレーシアーナ。
それなのにその不実な夫を愛してしまっているレーシアーナ。
「レーシアーナ……顔を上げて」
ブランシールは泣きたい思いでそう言った。
愛している。愛しているんだ。
だから僕なんか死んでしまえばいい。
ゆっくりと顔を上げたレーシアーナの瞳には涙が盛り上がり、その赤い頬は涙の筋で汚れていた。
ブランシールは片腕だけでレーシアーナを抱き締め、あいた手でレーシアーナの顎を持ち上げた。
そして口づける。
優しい口づけ。
レイリエにした、貪るような口づけとは違う。
だが、何倍も何倍も想いがこもったもの。
「一晩中、お前が眠ってしまうまで口づけるから、許して」
ブランシールの言葉に、レーシアーナは仕方のない人、と、微笑んだ。
つぅっと、涙が頬を伝う。
これは何の涙であろう?
その涙に、ブランシールは口づけた。
段々、レーシアーナは自分が何故泣いているのか解らなくなってくる。
それでも涙は止まらない。
ブランシールの胸は温かく逞しく、自分を包み込んで、そして雨のように口付けが降ってくるというのに。
何が悲しいの?
こんなにこんなに幸せなはずなのにね。
今まさに抱き締められていて、今だけはわたくしだけのブランシール様だといのに、不思議ね。本当に不思議ね。