エスメラルダ
四月九日。
結婚式を前日に控えていたエスメラルダは、不安定だった。
なんだか酷く嫌な予感がしたのだ。
だが、その予感に名前を付ける事が出来なかった。
せめて忙しかったのならば、余計な事を考える暇はなかったであろう。
だが、日付が変わったら湯浴みと着替えが始まり、忙しい一日が始めるというのに、前日である今日は暇で暇で仕方がなかった。
だから、エスメラルダはレーシアーナの部屋に向かう。
レーシアーナは自力で身体が起せるくらいに回復していた。
そして、揺り篭にルジュアインを寝かしつけ、自分は必死にドレスを合わせていた。
三人の侍女達が豪奢な衣装が溢れる中忙しくたち動いていたが、エスメラルダが訪れるなり、レーシアーナは彼女らを追い払ってしまった。
「構わなかったのかしら? わたくし、お邪魔ではなくて?」
遠慮しがちのエスメラルダに、レーシアーナは笑った。
「わたくしが貴女を邪魔だなんて思う日は来なくってよ。それこそわたくしの胸の中にある愛情に対して失礼だわ」
「ご免なさい」
謝るエスメラルダを、レーシアーナはいとおしそうに見詰める。
「丁度良いからエスメラルダ、一緒に衣装を選んで頂戴。神殿での衣装を。他の衣装はもう決めてイエルテ達にフォビアナのところへ持っていかせたわ。新しく仕立てた衣装、みんなゆるくて。子供を産んだばかりだというのに何故こんなに痩せてしまったのかしら? なまじ余裕を持って仕立てただけに悲惨よ」
レーシアーナの笑顔に、エスメラルダも笑う。
「結婚式前日に衣装をひっくり返しているだなんてね、レーシアーナらしくないわ。いつも貴女って用意周到なイメージがあるんですもの」
「あら? ちゃんと用意してあったのよ。でも痩せてしまった所為で似合わなくなったものも出てきてしまったの。特に胸の開いたドレスなんて着られないわ。引っかかるところがないから落ちてしまって、各国の貴賓の皆様の前でない胸を晒す事になってしまうもの。恥ずかしくて」
「まぁ」
エスメラルダはそう言うとじっとレーシアーナを見詰めた。
「そういえば、かなり痩せたわね」
「でしょう?」
答えるレーシアーナの頬は薔薇色なのだけれども、その顎は鋭く尖っている。
頬自体も、もともとふっくらしていたのに、なんとかこけてはいないという程度だ。
「結婚式の儀式で着る衣装だけは、他のどの衣装を着たわたくしよりも綺麗なわたくしでいたいのよ」
レーシアーナの顔から笑みが消える。
真剣な表情が取って代わる。
「夜会のドレスの方が大変じゃなくって? 煌びやかさというのであれば」
エスメラルダの言葉に、レーシアーナはかぶりを振った。
はっきりいってレーシアーナには、神殿での衣装以外の衣装はどうでも良かった。
「わたくしは多分、出られないわ」
レーシアーナの言葉に、エスメラルダは瞠目する。
「どうして……? あ!」
思い当たる事があって、エスメラルダはぽんと手を叩いた。
「ルジュアインをみなくてはならないものね。あの子は幾ら夜会だとはいえ、放っては置けないわ。人見知りするものね。生まれたての赤ちゃんが人見知りするなんて変な話だけれどもね」
勝手に納得したエスメラルダに、レーシアーナは答えずにただ微笑を浮かべる。
答えられようか?
否、答えられるはずがない。
それから二人は猛然と衣装を選んだ。
レーシアーナが選んだのは、瞳の色を引き立てる青いドレスではなく、血のように赤いドレスだった。
そのドレスは、レーシアーナの白い肌を更に引き立てるドレスではあったし、彼女を本当に美しく見せたのだが、エスメラルダは何故か気に入らなかった。