エスメラルダ
 だが、ランカスターはエスメラルダに出逢って、中毒患者のように彼女に溺れた。
 エスメラルダの心が四年前に飛ぶ。
 ローグが死んですぐ、ランカスターは葬儀の手配をした。そして、あの衝撃で心が壊れてしまったのではないかと思われたエスメラルダの、目覚めてからの喪主としての振る舞いに舌を巻いた。
 この娘は底が知れない、と。
 母が死んで、父が死んで、悲しくない筈がない。だが、エスメラルダはその矜持ゆえに弱さを見せまいとした。僅か十二の子供が。
 自分に弱い姿を見せた事を恥じている、そんなエスメラルダがランカスターには好ましかった。愛おしかった。
 だから連れ去った。誰も手の届かぬ所に。
 彼女の意見を聞こうとする者は居なかった。
 エスメラルダには頼れる存在はいなかった。
 父は天涯孤独の身であったし母は勘当され、二度と家名を、そして本名を名乗る事を許されなかったのである。
 わたくしはどうなるのかしら?
 幼いエスメラルダは考えたものである。
 所謂愛人とやらになるのかしら?
 その時のエスメラルダは『愛人』という言葉の本当の意味さえ知らなかった。ただ、許されざる者というイメージしかなかった。
 エスメラルダが、緋蝶城に着くまでに十日という日が経った。幼い少女が乗っているので良い道を選び少し遠回りをした所為だ。本来ならば都からは一週間前後で緋蝶城に着く。
 だからこそ、御者はエスメラルダに露骨に感心を示した。卑しき者の下劣な想像である。
 レイリエが一緒の時など、妹が真っ青な顔をしていても、馬車を飛ばしていたのだから御者の思惑もある程度は仕方ないのかもしれない。
 だが、エスメラルダには、御者がじっと自分を見つめるのを快く思えなかった。
 両親が死んでろくに泣く事も出来なかったエスメラルダの精神は疲労困憊していた。
 それでも、母に教わったとおり目下の者にも精一杯笑いかけたのである。
 御者は益々いやらしい目つきになった。
 何故だか、エスメラルダには解らなかったが、ランカスターに告げ口するのは気が進まなかった。
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