エスメラルダ
それでいて人身掌握に長け、素晴らしい演説を即興でするのだからすごいと思う。
尤も、宰相のレーノックスはそれをよく思っていない。
万が一の失言があったらどうするつもりかと何度も何度も意見してきた。
自分達議会……と、いうよりはレーノックスの作った草稿を使えと五月蝿いが、フランヴェルジュはいつもすっぱり跳ね除ける。
『余は暗記が苦手なのだ』と言って。
メルローア七百四十七年間の歴史年表や、分厚くて人を殴り殺せそうな法律書や、ややこしい古代めいた言葉で記された憲法や、本棚のスペースを恐ろしくとる神学書や、更には流行り歌や戯曲まで、その他様々な事を完璧に暗記している貴方がそんな事言って良いんですか!? と、出来るならブランシールは、しかし、はっきり問いただしたい。
「……どうせ今日の式も完璧に覚えてらっしゃるんでしょう?」
「大体はな。大祭司の台詞がわからん。お前の時と一緒だというのなら一回聞いているから覚えている」
王弟と王の華燭の典での祝詞が同じ筈がないとブランシールは思うが突っ込まない事にした。
「レーノックスは何か言っていませんでしたか?」
ブランシールは話を逸らした。
フランヴェルジュはそう言うところは非常に鈍く、すぐに乗ってきた。
「? ああ、色々とな。花嫁を選べ、歴史に泥を塗るなと言われた時は俺も大人気なかった。お前の血糊で歴史とやらを真っ赤に染めてやろうか? とか言ってしまった。俺もまだまだ子供だな」
「……そんな生意気な事を言ったのですか? あの阿呆が」
「ん? お前も口が悪いな。流石は兄弟だなー。あの阿呆、大きな失態を犯してくれたならなぁ。身分剥奪してやるのに。父王の代からだからなぁ。あれはあれなりに支持があるし、難しいな」
レーノックスが宰相という地位に登りつめた理由が、閨房でのコトが巧みであったから……というのはこの兄弟はよく知っている出来事だった。
レイリエを満足させたから。
レイリエがレンドルに登用させたのだ。
宰相としての能力は確かにある。それなりに頭も良く、カリスマ性はないが裏工作は大変得意で、根回し大好きという、言ってみれば膿だ。
しかし、膿を出す手術はまだ早いとフランヴェルジュもブランシールも思っている。
手術には出血が伴う。
フランヴェルジュはまだ即位して間がない。
今その手術を行うのは、明らかに時期尚早。
尤もいずれは膿を出し切らなくてはならないだろうと解っているが。
「レーノックスは厄介ですね、本当に」
レイリエの事を熱愛している初老の宰相がやらかした一番の悪事は、エスメラルダを貶めるのに一役買ったということだ。
レイリエがばらまいた毒を、さらに広範囲に撒き散らした。
「いっそ暗殺してしまいますか?」
真顔で言うブランシールに、フランヴェルジュは眉をしかめた。
「やめてくれ、今日は式なんだぞ。寛容な気分でいたいんだ。身分剥奪とか言ったのが自分でも後味悪いのに」
「兄上は純ですね」
「そうでもないぞ。俺も一応国王としてそれなりに汚い事もしているのはお前が一番よく知っているだろう」
うー、とフランヴェルジュは唸る。
確かに彼が自分で言うとおり、フランヴェルジュは汚い事もしている。時には自ら泥を被る。
それでも人殺しはした事がない。
罪人でさえ、フランヴェルジュ即位以降一人も死刑を執行されていない。
戴冠式と、ブランシールの婚姻で恩赦が大量に出た。そして今日の華燭の典でもまた恩赦が出るであろう。
レーノックスは甘いと言うが、フランヴェルジュは人を殺す事だけは出来なかった。
「すみません、軽率な発言でした。
兄上、少し眠りませんか? 夜明けまで少しありますから……ね?」
「眠ったら、全部夢だったとか言う嫌なオチがつきそうで嫌だ」
「夢ではありませんよ、大丈夫です。花婿が目の下に隈作っていたら大変ですよ」
「じゃあ、隣にいてくれ。眠っても良いから」
兄上は時々、酷く残酷な事を言う。
「解りました、隣にいます……ずっと」
ブランシールはそう言った。
もし眠っている貴方の唇を奪ったら?
それでも、自業自得ですよ?
尤も、宰相のレーノックスはそれをよく思っていない。
万が一の失言があったらどうするつもりかと何度も何度も意見してきた。
自分達議会……と、いうよりはレーノックスの作った草稿を使えと五月蝿いが、フランヴェルジュはいつもすっぱり跳ね除ける。
『余は暗記が苦手なのだ』と言って。
メルローア七百四十七年間の歴史年表や、分厚くて人を殴り殺せそうな法律書や、ややこしい古代めいた言葉で記された憲法や、本棚のスペースを恐ろしくとる神学書や、更には流行り歌や戯曲まで、その他様々な事を完璧に暗記している貴方がそんな事言って良いんですか!? と、出来るならブランシールは、しかし、はっきり問いただしたい。
「……どうせ今日の式も完璧に覚えてらっしゃるんでしょう?」
「大体はな。大祭司の台詞がわからん。お前の時と一緒だというのなら一回聞いているから覚えている」
王弟と王の華燭の典での祝詞が同じ筈がないとブランシールは思うが突っ込まない事にした。
「レーノックスは何か言っていませんでしたか?」
ブランシールは話を逸らした。
フランヴェルジュはそう言うところは非常に鈍く、すぐに乗ってきた。
「? ああ、色々とな。花嫁を選べ、歴史に泥を塗るなと言われた時は俺も大人気なかった。お前の血糊で歴史とやらを真っ赤に染めてやろうか? とか言ってしまった。俺もまだまだ子供だな」
「……そんな生意気な事を言ったのですか? あの阿呆が」
「ん? お前も口が悪いな。流石は兄弟だなー。あの阿呆、大きな失態を犯してくれたならなぁ。身分剥奪してやるのに。父王の代からだからなぁ。あれはあれなりに支持があるし、難しいな」
レーノックスが宰相という地位に登りつめた理由が、閨房でのコトが巧みであったから……というのはこの兄弟はよく知っている出来事だった。
レイリエを満足させたから。
レイリエがレンドルに登用させたのだ。
宰相としての能力は確かにある。それなりに頭も良く、カリスマ性はないが裏工作は大変得意で、根回し大好きという、言ってみれば膿だ。
しかし、膿を出す手術はまだ早いとフランヴェルジュもブランシールも思っている。
手術には出血が伴う。
フランヴェルジュはまだ即位して間がない。
今その手術を行うのは、明らかに時期尚早。
尤もいずれは膿を出し切らなくてはならないだろうと解っているが。
「レーノックスは厄介ですね、本当に」
レイリエの事を熱愛している初老の宰相がやらかした一番の悪事は、エスメラルダを貶めるのに一役買ったということだ。
レイリエがばらまいた毒を、さらに広範囲に撒き散らした。
「いっそ暗殺してしまいますか?」
真顔で言うブランシールに、フランヴェルジュは眉をしかめた。
「やめてくれ、今日は式なんだぞ。寛容な気分でいたいんだ。身分剥奪とか言ったのが自分でも後味悪いのに」
「兄上は純ですね」
「そうでもないぞ。俺も一応国王としてそれなりに汚い事もしているのはお前が一番よく知っているだろう」
うー、とフランヴェルジュは唸る。
確かに彼が自分で言うとおり、フランヴェルジュは汚い事もしている。時には自ら泥を被る。
それでも人殺しはした事がない。
罪人でさえ、フランヴェルジュ即位以降一人も死刑を執行されていない。
戴冠式と、ブランシールの婚姻で恩赦が大量に出た。そして今日の華燭の典でもまた恩赦が出るであろう。
レーノックスは甘いと言うが、フランヴェルジュは人を殺す事だけは出来なかった。
「すみません、軽率な発言でした。
兄上、少し眠りませんか? 夜明けまで少しありますから……ね?」
「眠ったら、全部夢だったとか言う嫌なオチがつきそうで嫌だ」
「夢ではありませんよ、大丈夫です。花婿が目の下に隈作っていたら大変ですよ」
「じゃあ、隣にいてくれ。眠っても良いから」
兄上は時々、酷く残酷な事を言う。
「解りました、隣にいます……ずっと」
ブランシールはそう言った。
もし眠っている貴方の唇を奪ったら?
それでも、自業自得ですよ?