エスメラルダ
文官達に導かれながら、エスメラルダは神殿の廊下を辿った。
はやく『誓句の間』と呼ばれるところに辿り着きたかった。
そこは戴冠と婚姻と出産と葬儀に使われる場所。
神々に誓いの言葉を述べる為に使う、神殿の心臓部。
そこに人々が集っているのがエスメラルダにも気配でつたわる。
熱狂的な歓声が聞こえるのだ。
フランヴェルジュ様の演説、聞きたかったわ。
エスメラルダは一寸不満だ。
フランヴェルジュの言う惚気話は花嫁がその支度を行う間に済まされる為に、エスメラルダは聞くことが出来ない。
でもいいわ。あとでレーシアーナに教えてもらうから。
そう考えて、エスメラルダは持ち上げた唇の端を、微かに震わせた。
本当は足が震えそうだ。
怖くないわけではない。
今日で全てが決まってしまう。
今日から自分は王妃となり、フランヴェルジュを支え、メルローアを支える事になる。
そのプレッシャーは、十七歳の娘であるエスメラルダに、重くないはずがなかった。
だが、レーシアーナの事を考えると、何とか笑えるのだ。
彼女と姉妹になれる。
それはとても大きな喜びであった。
フランヴェルジュのものになれるのも嬉しい。だがその喜びには責任が付きまとう。
レーシアーナと姉妹になることにはなんの責任も付随してこない。
だから純粋に嬉しいだけだ。
彼女から、今朝、手紙が届いた。
真紅の薔薇の蕾の花束に添えられた手紙。
その薔薇は馥郁たる芳香を放ち、肉厚の花弁には露が浮かんでいた。
棘が全て取り除かれたその薔薇に添えられた手紙には、優しい言葉が添えられていた。
『親愛なるエスメラルダへ。
お友達として最後の手紙を送ります。
いつでもわたくしは貴女の側にいるという事を忘れないでね。
例え貴女が玉座に昇ろうとも変わらない。
わたくしは永遠に貴女を愛し続けるわ。
どんな苦難があろうとも、どんな悲しみがあろうとも、わたくしから貴女への愛を忘れないで。
貴女を愛している事はわたくしの誇り。
ずっと心を添わせるわ。
だから、恐れないで。
貴女のレーシアーナより』
『お友達として最後の』……そう、今日からは『姉妹』なのだから。
きっとわたくしとレーシアーナは血よりも濃い絆で結ばれているわ。
エスメラルダは温かい気持ちがこみ上げてくるのを抑えることが出来ない。
レーシアーナが妹になっても、手紙は書き続けよう。
楽しくなってきた。
緊張を、エスメラルダは忘れる。
今日のドレスは本当に素敵。
神殿での誓いに用いられる、このドレスを選んだエスメラルダにとっての大事な人達に、その衣装を披露するのも楽しみであった。
真珠の縫い付けられた小さな靴が重いのが難点だけれども。
でもドレス自体の重さはそう気にならない。
この重さのお陰でトレインが自然に裾を広げるのだ。
それにしても、まだかしら?
声はどんどん近くなってくる。
エスメラルダの興奮も、どんどん高まる。
さっきまで不安だったのに、今は楽しみ。
アシュレがエスメラルダに注ぎ込んだ言葉が、彼女の頭をよぎる。
泰然とあれ、エスメラルダ、そして───。
そして全てを魅了せよ。
一番先頭に立ってエスメラルダを導く宰相がエスメラルダに良い感情を持っていない事など、カスラからとっくの昔に報告を受けている。
彼がレイリエを愛している事も、知っている。
将来的には敵になるであろう事も。
だが、今日は彼も含めて全てを魅了するのだ。出来る事ならば、全国民をも、各国の貴賓全てをも、とりこにしてみせよう!!
フランヴェルジュ様に相応しくあるために。