エスメラルダ

 りぃぃん、ごぉぉん。
 鐘が鳴り響く。
 その音の賑やかさに、エスメラルダは息を呑んだ。
 舞台の上では、赤々と火が焚かれている。
 神殿のなかでも、この『誓句の間』より更に奥の奥にある祭壇で燃えている聖火から火を分けて、燃やしたかがり火の数は七つ。
 聖火はメルローア建国の折から燃え続けているという火だ。
 魔法の力だけでなく、神殿内の中でも特に許された者達が注意深くその火を見守り、時には薪を加え、絶やさぬ努力をしてきたのだ。
 その火の燃える様は流石に壮観である。
 広い舞台の上の祭壇は、神殿の中では二番目に大きなものだ。
 背後に飾られた有翼の像は芸術の女神の姿を映している。
 モデルは始祖王の妃ディケナ。始祖王バルザ自身の作といわれているそれは、豊満で優しく、聡明な美女の姿であった。まさに女神がいるのならばこの様な風貌であろう。
 芸術の女神と並び、このメルローアが崇めている神はスゥ大陸全土で『主』と呼ばれている神である。
 アーニャの地に住まうその主の娘こそがメルローアの守護神、芸術の女神エスカーニャ。
 だが、主の像はない。
 如何にメルローアが芸術の国と謳われようとも世界創造の神を表現する術は持ち合わせていなかった。
 表現しようと努力した先人達もいるにはいたが、粗悪なものなど作れぬと思い、自らの限界に挑戦し、そして筆を折り、鑿を捨て、喉をかきむしった。
 エスカーニャの像を背後に、マーデュリシィは立つ。
 マーデュリシィ自身も緊張していた。
 国王の結婚式である。
 それは大祭司であれど一生に一度、あるかないかの盛大な婚礼であった。
 それ故胸がやたらと早く脈打つのか?
 何か、何だか、不思議な気分であった。
 だが、マーデュリシィはその不思議な気分を上手く形容できない。
 きっとわたくしは緊張しているのだわ。
 彼女の目は一身に祭壇からあふれ出す水を見つめる。
 祭壇にしつらえられたこの泉は、マーデュリシィの心の安らぎ。
 甘い水の匂いがする。
 霊山ホトトルから引いてきた水。
 この水を花婿が口移しで与える事により、主から与えられる食物は、夫が責任を持って妻の口に入れる事が出来るよう努力するという誓いをこめた儀式は終了する。
 春だというのに、冷たいであろう水。
 ホトトルの水は真夏であっても氷水のように冷たい。
 儀式が全てつつがなく終りますように。
 マーデュリシィは祈った。
 何かが引っかかった。
 何かを忘れているような気がした。
 だけれども思い出せない。
 こぽこぽとあふれる祭壇の水。
 白い大理石と、微かに薔薇色がかった大理石で、美しく作られた祭壇。
 何もかもが見慣れている。
 なのに『この場所』に何か違和感を覚えてしまうのは何故だろう?

 りぃぃぃん……!!

 鐘が鳴り止んだ。
 それは合図だ。
 花嫁は花婿に誘われ、この祭壇に進んでくるはず。

「いと尊き御身なれば、神々の祝福を受け、許しを得、御身の負われる荷を、その娘と分かちおうたならば」

 古代から伝わる祝詞が神官長バジリルの口から上げられる。
 その祝詞にあわせ、マーデュリシィから遥か遠くの、正面の扉が開いた。
 その途端、神殿が揺れるほどの歓声に包まれた。
 「「「「おおおおお!!」」」」
 マーデュリシィの耳を打つ歓声。
 それはそうだろう。
 先代の王は美丈夫であったし、王太后は未だその容色に衰えがない。
 だが、それでも、メルローアの民がこれほどまでに美しい王と王妃を戴いた事は今までになかった事であろう。
 愛情が二人を柔らかく包んでいた。それ故人々は声を惜しまず讃え、祝う。
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