エスメラルダ
 舞台の上に、メルローアの王族はたたずんでいた。
 国王とその花嫁が出てきた扉から、祭壇のマーデュリシィの元まで一直線に、緋色の毛足の長い絨毯が敷かれており、その絨毯を挟むように、向かい合わせになって王族達は立っていた。
 レーシアーナは知らない人間が余りにも多い事に愕然とした。
 リドアネ国王の妾妃の血筋は、この舞台上にはいない。それなのに、結構な数がいるものだとレーシアーナは思う。
 ブランシールと結婚して、それなりに親戚づきあいもしたが、その血脈の複雑さに混乱したものだった。それでもレーシアーナは王弟妃だから許されるがエスメラルダは許されないだろう。
 アユリカナは祭壇のすぐ横に立っていた。
 そこが一番の上席である。
 国母たる彼女の地位が、フランヴェルジュその人を除けば王族の中で最も高位なのだ。
 その隣にレーシアーナが並ぶ。
 丁度儀式の時に花嫁の隣に並ぶ事になるであろう。
 レーシアーナの真正面にブランシールがいる。だが、やはりブランシールはレーシアーナと目を合わせようとはしなかった。
 レーシアーナは、目を見開いて、夫のその姿を心に焼き付ける。
 隣に並んだ王族の事など彼女の眼中にはなかった。
 花嫁と花婿は、三歩進んでは一歩下がり、また三歩というように足を進める。
 エスメラルダの長い白いトレインが絨毯を丁寧に撫でる。
 フランヴェルジュの羽織るマントが、はらりはらり、揺れる。
 レーシアーナは親友に目を移した。

 ほうら、全部全部夢の通り。

 レーシアーナの顔が蒼白になった事に誰も気付かない。そして気付かれない事をレーシアーナは知っている。
 唇の端が持ち上がった。
 『その瞬間』まで笑顔でいなければとレーシアーナは思うのだ。尤も、誰もレーシアーナの表情など気にはしていないのだけれども。
 晴れやかな顔でフランヴェルジュの手を握り、小さな足を動かすエスメラルダに詫びたいと、レーシアーナは痛切に思う。
 それは叶わぬ事ではあるが、夢見る位なら主もお許しくださるだろう、そう、言い聞かせるレーシアーナの心は、もうボロボロだった。
 真正面のブランシールの葛藤も凄まじいものがあった。
 今すぐ大声を上げて、式を中止したかった。
 そうすれば、そうすれば?
 兄は幸せかもしれないがブランシールは。
 臆病な自分が、ブランシールには呪わしい。
 遂に兄が目の前にやってきて、視界からレーシアーナをかき消した。
 ブランシールはほっとする。
 妻の瞳を見るのは落ち着かない。
 儀式が、始まる。
 大祭司の祝詞が延々と続いた。
 エスメラルダの顔は兄の身体に隠れて見えないが、その兄の顔が誇らしげなのを見て、ブランシールは叫びたくなった。
 だが、舌が喉の奥で張り付いたかのようで、とめようと声を上げたつもりなのにひゅーぅ、という音がむなしく響いただけ。

 ああ、兄上、お許し下さい!!

 きっとファトナムールの貴賓席で、レイリエが笑っているだろう。
 だが、ブランシールは笑えるような状態ではなかった。
 国王が誓句を述べる。
「今、我が隣にいるエスメラルダ・アイリーン・ローグを我が生涯にただ一人の妻とすることを、神と我が臣民の前に誓わん。契りは千切り。例え我が肉体が千に分かたれようとも、ただ一人を思う気持ちに変わりなし。偉大なる主よ、祝福を垂れたまへ」
 フランヴェルジュが印を切り、誓う。
 人々の歓声を聞きながら、エスメラルダは自分の誓句を唱えようとした。

 ああ。
 ブランシールが絶望する。

 その時、レーシアーナが飛び出した!!
 そして、彼女はエスメラルダをフランヴェルジュの方に向かって突き飛ばす!!
 体重をかけた渾身の力で突き飛ばされたエスメラルダを、フランヴェルジュも咄嗟には支えきれず、共に、身体が投げ出された。


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