エスメラルダ
それほどまでに、レイリエはレーノックスを虜にしている自覚があった。
だけれども彼をどうするか。
本当、あの卑しい女の所為で目茶苦茶よ、あんな喜劇の……喜劇の。
不意に、レイリエの唇に笑みが浮かんだ。
喜劇。あれはもしかすれば最高の喜劇。
衣擦れの音を立てて、レイリエは寝台から起き上がると、侍女の控えの間に向かった。
頭の中を、凄まじい勢いで計画が繰り広げられる。
「フィオーナ」
ファトナムールで見つけた腹心の侍女の名を呼んだ。
フィオーナは十七歳の、レイリエと歳の近い侍女。そしてレイリエを愛するが故に決して裏切らない、同性愛嗜好の娘。
「はい」
フィオーナは愛らしい声で返事をした。
この娘にならば、わたくしの代わりが勤まるわ。
にっこりとレイリエが笑むと、フィオーナは頬を赤らめる。
他の侍女は二人しか控えていなかった。
質実剛健、の、ファトナムールのしきたりに感謝しなくてはならないとレイリエは思った。
「エイル、ローディラ。席を外して頂戴。フィオーナには罰を与えなくてはなりません。この娘がした無礼を思い出したものですから」
びくっと、フィオーナは身をすくめた。
レイリエが侍女を鞭打つのはよくある事だったからだ。しかも、レイリエは侍女達に見せ付けるようにしてそうするのが好きだった。
エイルとローディラと呼ばれた侍女達は好奇心を抑えきれない顔をしている。
見せられない程残酷に鞭打たれるのかしら? そんな酷い事をしたのかしら?
朋輩に対する思いやりよりも、興味が先にたってしまったその侍女達を見て、レイリエは溜息をついた。
ローディラは勇気を出して言う。
「お見せくださらないのですか? 妃殿下」
「……好奇心は猫をも殺すものよ。わたくしが鞭をとってくるまでに残っていたなら、不服従の咎で、まずお前を鞭打つ事にするわ、可愛いローディラ。エイル、お前もよ」
二人の侍女が身を震わせるのを見て、レイリエは哂うと、一旦寝室へと引き返した。鞭を取るふりをして、彼女は寝室に活けられていた白薔薇の蕾を一本、花瓶から抜き取ると控えの間に戻る。
エイルとローディラは姿を消していた。
そして、俯き、震えていたフィオーナがレイリエの足元に駆け寄ると跪き、彼女の上履きに口づけた。
「どんなご無礼をしてしまったのでしょう!? お許し下さい!! レイリエ様!!」
『妃殿下』ではなく『レイリエ様』と呼ぶこの侍女が、不意に、可愛らしく思えた。
この娘も大事なわたくしの手駒。
そっとレイリエは膝を曲げると、フィオーナの顔を、手に持つ白薔薇の蕾で撫でた。
「可愛い子ね」
驚いたようにレイリエを仰ぎみたフィオーナの唇を、レイリエは塞いだ。
女の唇は、男の唇より柔らかく弾力がある。
それを味わい、舌を差し入れる。
フィオーナは目を見開いたまま、慕い続けてきた女主人の突然の行動に、ただ驚く。
唇が吐息と共に離れ、唾液が後を引いた。
「可愛いフィオーナ」
「レ……イリエ様……」
フィオーナの栗色の巻き毛が揺れた。細くて薄い肩が上下している。
あらまぁ。女もそう悪くないわ。
きっとフィオーナの心臓は小鳩のそれのように激しく鼓動をたてている。
「お前はわたくしを愛しているのよね? フィオーナ」
「は、はい。勿論です!!」
フィオーナの声が上ずる。
「だったら、わたくしのお願いを聞いてくれるわね?」
レイリエは膝を突いてフィオーナの顔を、その鳶色の瞳を真っ直ぐ見詰めた。
こくこくとフィオーナは頷く。そのフィオーナにレイリエは持っていた蕾を握らせた。棘を抜いていないその薔薇の茎に、フィオーナの血がにじむ。
「いい子ね。じゃあ、お前は今夜だけ『娼婦』の『リリエ』になって、その『白薔薇の蕾』をメルローア宰相、レーノックスに届けて頂戴。これからわたくしが書く手紙と一緒にね」
『娼婦』『リリエ』『白薔薇の蕾』はレイリエとレーノックスのキーワード。
「見事役目を果たしたら、わたくしが、ベッドの上でご褒美を上げてよ、フィオーナ」
フィオーナは、恐れと喜びに、頷いた。
だけれども彼をどうするか。
本当、あの卑しい女の所為で目茶苦茶よ、あんな喜劇の……喜劇の。
不意に、レイリエの唇に笑みが浮かんだ。
喜劇。あれはもしかすれば最高の喜劇。
衣擦れの音を立てて、レイリエは寝台から起き上がると、侍女の控えの間に向かった。
頭の中を、凄まじい勢いで計画が繰り広げられる。
「フィオーナ」
ファトナムールで見つけた腹心の侍女の名を呼んだ。
フィオーナは十七歳の、レイリエと歳の近い侍女。そしてレイリエを愛するが故に決して裏切らない、同性愛嗜好の娘。
「はい」
フィオーナは愛らしい声で返事をした。
この娘にならば、わたくしの代わりが勤まるわ。
にっこりとレイリエが笑むと、フィオーナは頬を赤らめる。
他の侍女は二人しか控えていなかった。
質実剛健、の、ファトナムールのしきたりに感謝しなくてはならないとレイリエは思った。
「エイル、ローディラ。席を外して頂戴。フィオーナには罰を与えなくてはなりません。この娘がした無礼を思い出したものですから」
びくっと、フィオーナは身をすくめた。
レイリエが侍女を鞭打つのはよくある事だったからだ。しかも、レイリエは侍女達に見せ付けるようにしてそうするのが好きだった。
エイルとローディラと呼ばれた侍女達は好奇心を抑えきれない顔をしている。
見せられない程残酷に鞭打たれるのかしら? そんな酷い事をしたのかしら?
朋輩に対する思いやりよりも、興味が先にたってしまったその侍女達を見て、レイリエは溜息をついた。
ローディラは勇気を出して言う。
「お見せくださらないのですか? 妃殿下」
「……好奇心は猫をも殺すものよ。わたくしが鞭をとってくるまでに残っていたなら、不服従の咎で、まずお前を鞭打つ事にするわ、可愛いローディラ。エイル、お前もよ」
二人の侍女が身を震わせるのを見て、レイリエは哂うと、一旦寝室へと引き返した。鞭を取るふりをして、彼女は寝室に活けられていた白薔薇の蕾を一本、花瓶から抜き取ると控えの間に戻る。
エイルとローディラは姿を消していた。
そして、俯き、震えていたフィオーナがレイリエの足元に駆け寄ると跪き、彼女の上履きに口づけた。
「どんなご無礼をしてしまったのでしょう!? お許し下さい!! レイリエ様!!」
『妃殿下』ではなく『レイリエ様』と呼ぶこの侍女が、不意に、可愛らしく思えた。
この娘も大事なわたくしの手駒。
そっとレイリエは膝を曲げると、フィオーナの顔を、手に持つ白薔薇の蕾で撫でた。
「可愛い子ね」
驚いたようにレイリエを仰ぎみたフィオーナの唇を、レイリエは塞いだ。
女の唇は、男の唇より柔らかく弾力がある。
それを味わい、舌を差し入れる。
フィオーナは目を見開いたまま、慕い続けてきた女主人の突然の行動に、ただ驚く。
唇が吐息と共に離れ、唾液が後を引いた。
「可愛いフィオーナ」
「レ……イリエ様……」
フィオーナの栗色の巻き毛が揺れた。細くて薄い肩が上下している。
あらまぁ。女もそう悪くないわ。
きっとフィオーナの心臓は小鳩のそれのように激しく鼓動をたてている。
「お前はわたくしを愛しているのよね? フィオーナ」
「は、はい。勿論です!!」
フィオーナの声が上ずる。
「だったら、わたくしのお願いを聞いてくれるわね?」
レイリエは膝を突いてフィオーナの顔を、その鳶色の瞳を真っ直ぐ見詰めた。
こくこくとフィオーナは頷く。そのフィオーナにレイリエは持っていた蕾を握らせた。棘を抜いていないその薔薇の茎に、フィオーナの血がにじむ。
「いい子ね。じゃあ、お前は今夜だけ『娼婦』の『リリエ』になって、その『白薔薇の蕾』をメルローア宰相、レーノックスに届けて頂戴。これからわたくしが書く手紙と一緒にね」
『娼婦』『リリエ』『白薔薇の蕾』はレイリエとレーノックスのキーワード。
「見事役目を果たしたら、わたくしが、ベッドの上でご褒美を上げてよ、フィオーナ」
フィオーナは、恐れと喜びに、頷いた。