エスメラルダ
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エスメラルダは新しく与えられた部屋で溜息をついた。
マーグが手早くエスメラルダの衣装を脱がせ、湯浴みの準備を整える。
此処は『真白塔』。
葬儀の直前までエスメラルダはレーシアーナの側に居た。そして、レーシアーナの棺が運ばれると、エスメラルダは居場所をなくした。かつての部屋は封鎖されていた。花嫁の出戻りは不吉だという風習ゆえに。
だからといって、フランヴェルジュとエスメラルダの新婚生活の為に誂えられた部屋にいけるはずがあろうか? エスメラルダは未だ『王妃』ではない。
エスメラルダは密かに王城を辞そうかと思っていた。フランヴェルジュの妻になる事がたまらなく……。
恐ろしかった。
何故なら更に血が流れるかもしれないから。
その血を見たくないが故に、エスメラルダは此処から出て行くべきだと思う。
しかし、アユリカナはエスメラルダの考えを読んでいたようだった。
「わたくしの塔へ。貴女は次の『王妃』なのですから……反論は許しません」
他の者ならばともかく、アユリカナに反論など出来よう筈があろうか。
医宮にて。ブランシールの身体に触れ、ただ一筋の涙を流した人の言葉に。『母』と呼ぶ事を切望した人の言葉に。
だけれども、わたくしは不吉な事しか運ばない。禍事ばかり運ぶ不吉な女。
その想いは冷たく重く、エスメラルダにのしかかっている。
しかし『血杯の儀』は済んでいる。
ならば、とエスメラルダは思った。
ルジュアインの妻かフランヴェルジュ様が女に産ませた子に伝えれば……ああ! 女!! あの方が他の誰かを抱くだなんて!!
そんな事はエスメラルダには耐えられそうにない。
しかし耐えなくてはならない。
ランカスター、レーシアーナ、そして意識不明の重態のブランシール。
『エスメラルダの結婚』という言葉が絡んで、喪われたか、その手前にあるもの。
わたくしの所為だ。
わたくしが幸せになりたいなどと願ったから。愛する人と結ばれたいなどと願ったから。
わたくしは一生寡婦として生きるべきだったのだわ。
衣服を脱がされたエスメラルダは、誘われるまま湯煙の中の浴室に足を踏み入れた。
湯を浴びて、浴槽に身体を沈める。
浴槽のタイルを指でなぞった。
紫水晶で象眼された豪奢な浴槽。
その豪奢さにいつの間にか慣れていた。だけれども。
わたくしは此処にいてはならない。
だけれども、何処にならいけるというのか。
エスメラルダの顔はメルローア中の民が知るところ。
そして他国でも、彼女の顔を知っている者は決して少なくはない。
そして豪奢な生活に慣れた自分が果たしてどうやって生活していくというのか。
更に言うならば、彼女の愛した男は壊れてしまいやしないだろうか。
そう、それが一番怖かった。
侍女たちに促されて一旦湯から出て身体を洗う。鷹揚に、エスメラルダはその身体を洗わせる。普段なら自分でする事が、考え事をしている時にはとてつもなく億劫だった。
蜂蜜石鹸の泡が、エスメラルダの身体を包む。
出て行くべきだと思う根拠を挙げた。
自分がいると他人が不幸になる……次はフランヴェルジュやアユリカナの番かも知れなかった。
此処にいるべきだという根拠を挙げる。
自分はフランヴェルジュを愛していて妻になりたい。
今のフランヴェルジュにはストッパーが必要だ。
『血杯の儀』を受けた。
それから……、それから?
ルジュアイン!!
ざっとエスメラルダは立ち上がった。
侍女達が驚いて主人を仰ぎ見る。
【『義姉上』、ルジュアインを『頼みます』】
ブランシール様……、貴方は何もかも解っておいでで、そうして楔を打ちこまれたのね。