エスメラルダ
  ほう、と、エスメラルダは溜息をついた。
 意識が過去から現在に戻ってくる。
 思えば、レイリエの嫌がらせはあの時から始まったのだ。
 一番可哀想だったのは犬のダラであろう。
 エスメラルダがランカスターから貰った子犬は、まだろくに生を楽しむ事もなく腸を抜かれて死んだのである。
 誰もが犯人を知っていた。
 それでも誰にも止められなかった。
 わたくし自身の腸が抜かれていない事を神に感謝しなくってはね。
 ダラが行方不明になったのはエスメラルダがダラと共に午睡の時間を楽しんでいた時間だったのだ。
 レイリエは、やろうと思えばエスメラルダの腸を抜き出す事も出来たであろう。
 そう思った時、どれ程怖かったか。
 自分にはランカスターがついているとは言え、それでも怖かった。
 ただ、怖がっていると悟られるのをエスメラルダの矜持は許さなかった。
 あの可愛らしくも残酷な子猫。
 あの夜会で驚いたのは貴女だけでなくってよ。わたくしも、驚いたのだわ。
 城の増改築もエスメラルダただ一人の為にであった。
 懐かしいお方。
 貴方は、いつ、思い出になってくださるのかしら?
 しかしエスメラルダは知っている。
 ランカスターは永久に思い出にはならないと。なる事は叶わないと。
 そうなるには、彼はエスメラルダに影響を与えすぎた。
 ランカスターに言われ、身についた様々な知識、仕草、礼儀。母が生きていたら教えてくれたであろう事柄。
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