エスメラルダ
動悸を堪えて、レーシアーナは必死に歩き、そして出逢った。
「ようこそ、いらせられました」
庭ではまだ肌寒いのに桜が花を開かせていた。その花弁が舞う。
そこに君臨する女は、エスメラルダだった。
美しい少女。
美しすぎる少女。
枝がしなるほど花をつけた桜さえ、彼女の美しさの引き立て役に過ぎない。
「不思議な顔をなさっているのね、不思議でしょうか? 二人分のお茶の用意をしているのが」
エスメラルダが笑う。挑戦的な笑顔だった。
「わたくしとて、身を守る武器を持っておりますのよ」
つまりは諜報員が居るという事だ。それもランカスターの遺産だろうか?
「お座りになって下さいませ、レイデン様。ああ、わたくしったらうっかりしておりましたわ。初めましてのご挨拶もせず」
そういうとエスメラルダは腰をおった。
「エスメラルダ・アイリーン・ローグです。レイデン様」
「お顔をお上げになって! エスメラルダ様。わたくしはただの侍女にしか過ぎません」
レーシアーナは狼狽する。まさかこんな風に迎えられるとは思わなかったのだ。
「わたくしは侍女にさえなれぬ家の出ですもの」
そう言いながら、しかし、エスメラルダは顔を上げる。そして真っ直ぐにレーシアーナを見た。
エスメラルダは身分の事を卑下したが、だけれども不思議と卑屈さは感じられない。ちゃんと受け入れて、そして頭をもたげてる、それがエスメラルダという少女なのだ。
「わたくしはレーシアーナ・フォンリル・レイデンです」
「レーシアーナ様と呼んで宜しいかしら?」
エスメラルダの問いにレーシアーナは少し考えた。
親しくなりたいのならその方が良い。だけれども敬称をつけられるのは面映い。
何故ならこの少女はフランヴェルジュと、そしてレーシアーナの命、ブランシールを虜にしているのだから。
だが、レイデン様と呼ばれるよりはマシだ。
「解りました。わたくしもエスメラルダ様とお呼びして宜しいでしょうか?」
「ええ、勿論。さぁ、お座りくださいな。お茶を入れましょう。冷めてしまいますわ」
いそいそとエスメラルダはお茶の準備を始めた。レーシアーナはエスメラルダに言われるままに席に着く。
いつ、手紙を渡そうかしら?
きっかけがつかめない。レーシアーナの予定ではエスメラルダに手紙を渡したなら、すぐさま城に帰るはずだったのだ。
エスメラルダは優しい笑顔でケーキを切り分ける。先程までの挑戦的な笑顔は何処に隠れたのか。
だが、レーシアーナは既に感じていた。小さな好意を。
エスメラルダの小さくて細い手がレーシアーナの前にケーキの皿を置いた。
そんな事、給仕にさせれば良いのに。
淑女のする事ではない。
エスメラルダは自分の分のケーキを皿に盛ると、自分の席に着いた。
「さぁ、お召し上がりになって」
エスメラルダが勧めるので、レーシアーナはケーキを一口、口に運んだ。
その途端、とても幸せな気分になる。
ただの苺のケーキだというのに。
それは王宮のケーキに勝るとも劣らないケーキであった。
何という繊細な味だろう!
「美味しいですわ」
お茶会でケーキやお茶の事を褒めるのはマナーではあるが、レーシアーナはマナー云々ではなく本気でそう言ったのだった。
「宜しゅうございました。わたくしも焼いた甲斐がありました」
エスメラルダの言葉に、レーシアーナは素っ頓狂な声を上げた。
「貴女が!? ご自分で!?」
「母から厳しく育てられましたから。それにランカスター様はお料理の味に五月蝿くていらっしゃった。ですから、料理の腕は自然に上がりましたの」
ふ……と、エスメラルダは遠い目をした。
母様、父様、ランカスター様。
みんなみんないない。愛した人は皆いない。
きっと唇を噛み締めると、エスメラルダは優しく笑んだ。
「王宮のケーキより、わたくし、こちらが好きですわ」
レーシアーナの言葉にエスメラルダは笑う。
「まぁ、光栄。第二王子様とお食事を共にしてらっしゃる方からそんな言葉が聞けるなんて」
「ようこそ、いらせられました」
庭ではまだ肌寒いのに桜が花を開かせていた。その花弁が舞う。
そこに君臨する女は、エスメラルダだった。
美しい少女。
美しすぎる少女。
枝がしなるほど花をつけた桜さえ、彼女の美しさの引き立て役に過ぎない。
「不思議な顔をなさっているのね、不思議でしょうか? 二人分のお茶の用意をしているのが」
エスメラルダが笑う。挑戦的な笑顔だった。
「わたくしとて、身を守る武器を持っておりますのよ」
つまりは諜報員が居るという事だ。それもランカスターの遺産だろうか?
「お座りになって下さいませ、レイデン様。ああ、わたくしったらうっかりしておりましたわ。初めましてのご挨拶もせず」
そういうとエスメラルダは腰をおった。
「エスメラルダ・アイリーン・ローグです。レイデン様」
「お顔をお上げになって! エスメラルダ様。わたくしはただの侍女にしか過ぎません」
レーシアーナは狼狽する。まさかこんな風に迎えられるとは思わなかったのだ。
「わたくしは侍女にさえなれぬ家の出ですもの」
そう言いながら、しかし、エスメラルダは顔を上げる。そして真っ直ぐにレーシアーナを見た。
エスメラルダは身分の事を卑下したが、だけれども不思議と卑屈さは感じられない。ちゃんと受け入れて、そして頭をもたげてる、それがエスメラルダという少女なのだ。
「わたくしはレーシアーナ・フォンリル・レイデンです」
「レーシアーナ様と呼んで宜しいかしら?」
エスメラルダの問いにレーシアーナは少し考えた。
親しくなりたいのならその方が良い。だけれども敬称をつけられるのは面映い。
何故ならこの少女はフランヴェルジュと、そしてレーシアーナの命、ブランシールを虜にしているのだから。
だが、レイデン様と呼ばれるよりはマシだ。
「解りました。わたくしもエスメラルダ様とお呼びして宜しいでしょうか?」
「ええ、勿論。さぁ、お座りくださいな。お茶を入れましょう。冷めてしまいますわ」
いそいそとエスメラルダはお茶の準備を始めた。レーシアーナはエスメラルダに言われるままに席に着く。
いつ、手紙を渡そうかしら?
きっかけがつかめない。レーシアーナの予定ではエスメラルダに手紙を渡したなら、すぐさま城に帰るはずだったのだ。
エスメラルダは優しい笑顔でケーキを切り分ける。先程までの挑戦的な笑顔は何処に隠れたのか。
だが、レーシアーナは既に感じていた。小さな好意を。
エスメラルダの小さくて細い手がレーシアーナの前にケーキの皿を置いた。
そんな事、給仕にさせれば良いのに。
淑女のする事ではない。
エスメラルダは自分の分のケーキを皿に盛ると、自分の席に着いた。
「さぁ、お召し上がりになって」
エスメラルダが勧めるので、レーシアーナはケーキを一口、口に運んだ。
その途端、とても幸せな気分になる。
ただの苺のケーキだというのに。
それは王宮のケーキに勝るとも劣らないケーキであった。
何という繊細な味だろう!
「美味しいですわ」
お茶会でケーキやお茶の事を褒めるのはマナーではあるが、レーシアーナはマナー云々ではなく本気でそう言ったのだった。
「宜しゅうございました。わたくしも焼いた甲斐がありました」
エスメラルダの言葉に、レーシアーナは素っ頓狂な声を上げた。
「貴女が!? ご自分で!?」
「母から厳しく育てられましたから。それにランカスター様はお料理の味に五月蝿くていらっしゃった。ですから、料理の腕は自然に上がりましたの」
ふ……と、エスメラルダは遠い目をした。
母様、父様、ランカスター様。
みんなみんないない。愛した人は皆いない。
きっと唇を噛み締めると、エスメラルダは優しく笑んだ。
「王宮のケーキより、わたくし、こちらが好きですわ」
レーシアーナの言葉にエスメラルダは笑う。
「まぁ、光栄。第二王子様とお食事を共にしてらっしゃる方からそんな言葉が聞けるなんて」