エスメラルダ
レーシアーナはぞっとした。
それは秘密なのだ。
昼食を、事情が許す限りレーシアーナとブランシールは共にする。
国王、王妃、王太子、そして自ら料理を運んでくる調理場の料理長だけが知っている秘密。
そこまでして秘密にする必要のない事だった。本来ならば。
だが、ブランシールは過去に毒殺されかけた事がある。ブランシールが一人きりで食事を取ろうとした際だ。
毒でじわじわ黄泉路に近づく事よりも、一人で死んでいこうとする恐怖の方が怖かったとブランシールは言う。だから、ブランシールは、朝は兄と、昼はレーシアーナと、夜は夜会があればその場で、何もないときには家族と共に摂る。
一人で食事をしようとすると、ブランシールは全て吐いてしまうのだ。
「貴女……怖い方ね」
レーシアーナはそういって胸元に手をやった。
するとエスメラルダが鈴を振るように軽やかに笑う。
「わたくしが怖い? わたくしは後ろ盾となるものもおらず、ただこの館で朽ち果てて行くだけの身ですのに?」
「ならば何故……!? 何故貴女はそんなに王宮の事について詳しいの!?」
レーシアーナは服の上から短剣を握り締めて問う。
「秘密にされたのは、畏れ多くも王宮の奥深くで守られている筈の子供に毒を盛られたから。ただ単に王子を殺そうとしたばかりでなく、王家の体面に泥を塗る大罪をも犯したとされ、毒をもった者達の身元は全て洗い出され人知れず始末された。ランカスター様が教えて下さいました」
レーシアーナの額を汗が伝う。
「ねぇ、レーシアーナ様。わたくしは何も知らないふりも出来ましたわ。なのに何故、自分から『わたくしは危険人物です』と言うような真似をしたのか、お分かりにならない? わたくしは……」
レーシアーナはエスメラルダを見つめた。
エスメラルダはまるで恥らう少女のようだった。
「貴女にお友達になって頂きたかったの。勿論、口は災いの元、知らぬ振りをしていたらとも思ったわ。でもそれじゃあ、本物のお友達にはなれない」
エスメラルダの頬を涙が伝った。
「わたくしにはランカスター様が父であり、兄であり、親友であり、恋人だったわ。人の温もりを知り、それを失った今、わたくし、凍えそうよ。だから貴女を選んだの。ブランシール様が貴女を使者にして下さった事は幸運だったわ。でもそうでなくとも、わたくしは貴女に近づいたつもり」
エスメラルダは涙を拭かない。レーシアーナは胸元から手を離してハンカチーフを取り出した。
「お使いくださいな」
憎める筈がなかった。ここまで無防備に自分を友として求めている少女に。
「有難う。わたくし、決めていたの。レーシアーナ様に受け入れられたらなんでも一つ、言う事を聞くと。でも拒まれたなら……胸元に隠してあるでしょう? 短剣を。それで一思いに殺して頂こうと思った。一人はもう嫌。貴女は、きっとわたくしを殺すか愛するか、どちらかしか出来ないから」
レーシアーナは胸元から短剣を引きだした。
エスメラルダは涙で汚れた頬にえくぼを作る。
レーシアーナはその短剣を彼女からもエスメラルダからも離れた場所に投げ飛ばした。
どうやら。
主君ともども虜になってしまったみたいね。
レーシアーナは溜息を押し殺す。本当に困ったことだこと。
「エスメラルダと呼んで下さらなければ嫌よ、レーシアーナ様」
「貴女もわたくしをレーシアーナと呼ぶべきだわ、エスメラルダ」
「では、そうするわ」
ふふと二人の少女は笑った。
「何故こんなに騒いでいるのに誰も来ないの?」
「わたくしが命じたから。ランカスター様の遺産は、本当に優秀」
だけれども、友達にはなれない。
マーグですら、エスメラルダの心を埋められない。
「どうして、わたくしなの? エスメラルダ」
不思議に思った事をレーシアーナは尋ねる。自分から近づくつもりだとも言っていた。と、言う事は、エスメラルダは訪ねる勇気のある者なら誰でも良かったという訳ではないのだ。
それは秘密なのだ。
昼食を、事情が許す限りレーシアーナとブランシールは共にする。
国王、王妃、王太子、そして自ら料理を運んでくる調理場の料理長だけが知っている秘密。
そこまでして秘密にする必要のない事だった。本来ならば。
だが、ブランシールは過去に毒殺されかけた事がある。ブランシールが一人きりで食事を取ろうとした際だ。
毒でじわじわ黄泉路に近づく事よりも、一人で死んでいこうとする恐怖の方が怖かったとブランシールは言う。だから、ブランシールは、朝は兄と、昼はレーシアーナと、夜は夜会があればその場で、何もないときには家族と共に摂る。
一人で食事をしようとすると、ブランシールは全て吐いてしまうのだ。
「貴女……怖い方ね」
レーシアーナはそういって胸元に手をやった。
するとエスメラルダが鈴を振るように軽やかに笑う。
「わたくしが怖い? わたくしは後ろ盾となるものもおらず、ただこの館で朽ち果てて行くだけの身ですのに?」
「ならば何故……!? 何故貴女はそんなに王宮の事について詳しいの!?」
レーシアーナは服の上から短剣を握り締めて問う。
「秘密にされたのは、畏れ多くも王宮の奥深くで守られている筈の子供に毒を盛られたから。ただ単に王子を殺そうとしたばかりでなく、王家の体面に泥を塗る大罪をも犯したとされ、毒をもった者達の身元は全て洗い出され人知れず始末された。ランカスター様が教えて下さいました」
レーシアーナの額を汗が伝う。
「ねぇ、レーシアーナ様。わたくしは何も知らないふりも出来ましたわ。なのに何故、自分から『わたくしは危険人物です』と言うような真似をしたのか、お分かりにならない? わたくしは……」
レーシアーナはエスメラルダを見つめた。
エスメラルダはまるで恥らう少女のようだった。
「貴女にお友達になって頂きたかったの。勿論、口は災いの元、知らぬ振りをしていたらとも思ったわ。でもそれじゃあ、本物のお友達にはなれない」
エスメラルダの頬を涙が伝った。
「わたくしにはランカスター様が父であり、兄であり、親友であり、恋人だったわ。人の温もりを知り、それを失った今、わたくし、凍えそうよ。だから貴女を選んだの。ブランシール様が貴女を使者にして下さった事は幸運だったわ。でもそうでなくとも、わたくしは貴女に近づいたつもり」
エスメラルダは涙を拭かない。レーシアーナは胸元から手を離してハンカチーフを取り出した。
「お使いくださいな」
憎める筈がなかった。ここまで無防備に自分を友として求めている少女に。
「有難う。わたくし、決めていたの。レーシアーナ様に受け入れられたらなんでも一つ、言う事を聞くと。でも拒まれたなら……胸元に隠してあるでしょう? 短剣を。それで一思いに殺して頂こうと思った。一人はもう嫌。貴女は、きっとわたくしを殺すか愛するか、どちらかしか出来ないから」
レーシアーナは胸元から短剣を引きだした。
エスメラルダは涙で汚れた頬にえくぼを作る。
レーシアーナはその短剣を彼女からもエスメラルダからも離れた場所に投げ飛ばした。
どうやら。
主君ともども虜になってしまったみたいね。
レーシアーナは溜息を押し殺す。本当に困ったことだこと。
「エスメラルダと呼んで下さらなければ嫌よ、レーシアーナ様」
「貴女もわたくしをレーシアーナと呼ぶべきだわ、エスメラルダ」
「では、そうするわ」
ふふと二人の少女は笑った。
「何故こんなに騒いでいるのに誰も来ないの?」
「わたくしが命じたから。ランカスター様の遺産は、本当に優秀」
だけれども、友達にはなれない。
マーグですら、エスメラルダの心を埋められない。
「どうして、わたくしなの? エスメラルダ」
不思議に思った事をレーシアーナは尋ねる。自分から近づくつもりだとも言っていた。と、言う事は、エスメラルダは訪ねる勇気のある者なら誰でも良かったという訳ではないのだ。