エスメラルダ
恥らうようにエスメラルダは笑う。
「わたくしは白粉臭い女は嫌い」
レーシアーナは思わず自分の頬に指をそわせた。
白粉など塗ってはいない。彼女は唇に紅はさすがそれとて淡い色だし、化粧と呼べるものはそれだけだ。それすらもう、はげている。お茶を飲んだからだ。
「白粉を塗っていない女は、確かに珍しいかもしれないわね」
レーシアーナはそう言った。
レーシアーナは本当は白粉を塗って、目張りを入れて、きちんとお化粧がしたい。
侮る人間に、わたくしの方が美しいと言ってやりたい。
それは若い娘なら誰でもがもつ虚栄心だろう。だけれども、レーシアーナは気付いていない。ただ紅を指しただけの彼女が、所謂淑女達よりもはるかに美しい事を。
客観的になれないのも若さ故か。
レーシアーナが化粧を施さないのは、ブランシールが嫌うからだ。
『白粉お化け』、そう言って。
それがランカスターの影響である事をレーシアーナは知らない。
「わたくしは美しいものが好き」
エスメラルダは言う。
「あなたは美しいわ、レーシアーナ」
「まさか!? ふざけているの!?」
レーシアーナの抗議に、エスメラルダは真剣な顔で答えた。
「わたくしは嘘やおべっかはつかない。本当よ。人付き合いをスムーズにするには不便だけれども、わたくしは真実しか語らない。嘘は愚かさの象徴。虚飾はただ空しいもの」
エスメラルダの緑の瞳が、優しくレーシアーナを見る。つられてレーシアーナもエスメラルダを見つめ返す。
この瞳、嘘をついていないわ。
レーシアーナは嘘に敏感だった。
何故ならブランシールを守る為、常に人の言葉の裏の裏までを見極める努力をしてきたからだ。
そして、エスメラルダは言った。
「守られてばかりいる甘えた子供も嫌い」
「?」
レーシアーナは目を見開いた。
「貴女はブランシール様をお守りしている。自分に出来る全てで。甘えた事など口にしないで」
「随分、わたくしに詳しいのね。買い被りすぎだけど。それもランカスター様の遺産?」
訝るレーシアーナの手に、エスメラルダは自分の手を重ねた。軽く乗せ、拒絶される心配がないと解った途端、大胆に握り締める。
「貴女の事はランカスター様から聞いていたの。とても良い娘だって。レイリエが嫉妬していたわ。だから」
エスメラルダの手に力が篭る。
「だから?」
「最初に言っておくべきだったわ。レイリエには気をつけて。多分、大丈夫だとは思うけれども。あの娘は異常よ。妹でありながら、ランカスター様を愛した。そのランカスター様が褒めた者は皆、酷い目にあったわ。ランカスター様が知らないところで」
レーシアーナはぞっとした。
レイリエはその美貌で有名だ。兄に妹が抱く事が許される以上の感情を抱いている事も。
「何故、ランカスター様は親王の位を捨てて、王位継承権をも放棄なされたか、ご存知?」
エスメラルダの言葉に、レーシアーナは頷いた。
「お好きな絵を描き続けたいと願われる一心でしょう? 実際、あの方に勝る画家は今はいないわ」
「そう、それ以外の全てが、ランカスター様にはわずらわしかった。それ故臣下に下り、兄である国王陛下に姓を賜った」
それは誰でも知っている事だった。
「でも、何故レイリエまでがランカスター姓を名乗る事になったと思う? アシュレ・ルーン・ランカスター様とは母親が違うのに」
レーシアーナは閉口した。
「解らないわ」
「はっきりとは解らないのだけれども、レイリエは国王陛下の弱みを握っているようよ。だから気をつけて、レーシアーナ」
「有難う、エスメラルダ」
何だか背筋が冷たくなるのを感じる。
エスメラルダは再び頬にえくぼを刻んだ。
「わたくし。貴女に逢えるのを楽しみにしていたわ。きっとお友達になれるって信じていた。ランカスター様が認めた女って、わたくしと貴女しかいないのよ?」
「わたくしは白粉臭い女は嫌い」
レーシアーナは思わず自分の頬に指をそわせた。
白粉など塗ってはいない。彼女は唇に紅はさすがそれとて淡い色だし、化粧と呼べるものはそれだけだ。それすらもう、はげている。お茶を飲んだからだ。
「白粉を塗っていない女は、確かに珍しいかもしれないわね」
レーシアーナはそう言った。
レーシアーナは本当は白粉を塗って、目張りを入れて、きちんとお化粧がしたい。
侮る人間に、わたくしの方が美しいと言ってやりたい。
それは若い娘なら誰でもがもつ虚栄心だろう。だけれども、レーシアーナは気付いていない。ただ紅を指しただけの彼女が、所謂淑女達よりもはるかに美しい事を。
客観的になれないのも若さ故か。
レーシアーナが化粧を施さないのは、ブランシールが嫌うからだ。
『白粉お化け』、そう言って。
それがランカスターの影響である事をレーシアーナは知らない。
「わたくしは美しいものが好き」
エスメラルダは言う。
「あなたは美しいわ、レーシアーナ」
「まさか!? ふざけているの!?」
レーシアーナの抗議に、エスメラルダは真剣な顔で答えた。
「わたくしは嘘やおべっかはつかない。本当よ。人付き合いをスムーズにするには不便だけれども、わたくしは真実しか語らない。嘘は愚かさの象徴。虚飾はただ空しいもの」
エスメラルダの緑の瞳が、優しくレーシアーナを見る。つられてレーシアーナもエスメラルダを見つめ返す。
この瞳、嘘をついていないわ。
レーシアーナは嘘に敏感だった。
何故ならブランシールを守る為、常に人の言葉の裏の裏までを見極める努力をしてきたからだ。
そして、エスメラルダは言った。
「守られてばかりいる甘えた子供も嫌い」
「?」
レーシアーナは目を見開いた。
「貴女はブランシール様をお守りしている。自分に出来る全てで。甘えた事など口にしないで」
「随分、わたくしに詳しいのね。買い被りすぎだけど。それもランカスター様の遺産?」
訝るレーシアーナの手に、エスメラルダは自分の手を重ねた。軽く乗せ、拒絶される心配がないと解った途端、大胆に握り締める。
「貴女の事はランカスター様から聞いていたの。とても良い娘だって。レイリエが嫉妬していたわ。だから」
エスメラルダの手に力が篭る。
「だから?」
「最初に言っておくべきだったわ。レイリエには気をつけて。多分、大丈夫だとは思うけれども。あの娘は異常よ。妹でありながら、ランカスター様を愛した。そのランカスター様が褒めた者は皆、酷い目にあったわ。ランカスター様が知らないところで」
レーシアーナはぞっとした。
レイリエはその美貌で有名だ。兄に妹が抱く事が許される以上の感情を抱いている事も。
「何故、ランカスター様は親王の位を捨てて、王位継承権をも放棄なされたか、ご存知?」
エスメラルダの言葉に、レーシアーナは頷いた。
「お好きな絵を描き続けたいと願われる一心でしょう? 実際、あの方に勝る画家は今はいないわ」
「そう、それ以外の全てが、ランカスター様にはわずらわしかった。それ故臣下に下り、兄である国王陛下に姓を賜った」
それは誰でも知っている事だった。
「でも、何故レイリエまでがランカスター姓を名乗る事になったと思う? アシュレ・ルーン・ランカスター様とは母親が違うのに」
レーシアーナは閉口した。
「解らないわ」
「はっきりとは解らないのだけれども、レイリエは国王陛下の弱みを握っているようよ。だから気をつけて、レーシアーナ」
「有難う、エスメラルダ」
何だか背筋が冷たくなるのを感じる。
エスメラルダは再び頬にえくぼを刻んだ。
「わたくし。貴女に逢えるのを楽しみにしていたわ。きっとお友達になれるって信じていた。ランカスター様が認めた女って、わたくしと貴女しかいないのよ?」